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可逆的選択

趣味で書いています @yadokarikalikar

羽虫の怨恨

翅を毟り取られた蜻蛉は蟻に喰われる運命だという。このことに絡めて私が主張したいのは、取るに足らない虫一匹にも、膨れ上がった脳味噌を持つ我々崇高な人間にも、等しく天命が存在するということだ。命を前に価値は同じだとぬかす博愛主義者の文句に近い。

怨恨とは、読んで字のごとく恨みつらみのことである。感情としてかなり負の方向に偏ったそれだとは思うが、しかし得難いものを得るためのツールとして使われることが多い。まず、個人では生まれえない感情であること。己を矛先に恨みは向けられない。そして、憎しみは必ず後になにかを残してゆく。なにかとは、なにかである。

自らの翅を捥ぐほど、羽虫は愚かでも利口でもない。誰かの悪意の発露によってでしか。羽虫は誰かに恨まれただろうか。羽虫は誰かを恨むだろうか。その複眼は、なにを捉えるだろう。