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可逆的選択

趣味で書いています @yadokarikalikar

言葉についてのいくつかの考察

「珈琲淹れるよ」
「私の分も頼む」
「わかってる」
「すまない」
「ねえ、淹れるまで暇だからなにか話して」
「つまらないかもしれんぞ」
「君と話してると飽きないから」
「わかった。ならば一つ話をしよう」
「やったっ」

「言葉とは、なんなのだろうな」
「どうしたの、急に」
「いや、ふと思ったのだが、我々が普段から使役している言葉とやらは、一体全体如何様なものなのだろう、と考えると明確な答えが浮かばないものでね」
「言葉って、言葉でしょ。あたし達が今話しているような」
「ああ。これも言葉だ」
「相手に自分の考えていることを伝えるための手段じゃないかな」
「ふむ。たしかに言葉はそういった、ある意味合いを持つものの伝達手段として一般に定義されている」
「その上でなにが?」
「考えていることを伝える手段を指して言葉というのには、私も同意見である。だけどここで私が疑問に感じているのは、その'考えていること'自体も言葉なのではないかということなのだ」
「ごめん、難しくてわかんない」
「すまないね。では例えば私がお腹が空いた、と思ったとしよう」
「うん」
「私は頭の中で空腹を感じる。そしてそれを言葉の形に直して、直接的な言語として口から発したり、腹の虫を鳴かせる事で周りに知らしめるのだ。それが伝達の一例である」
「お腹が鳴る、というのも普通はお腹が減ったって意味を持つね」
「その通り。だけど私は、お腹が空いたという事実をそうして言葉にして伝える以前から、自分の脳内で認知、理解しているわけだ。ここまでは、」
「うん、わかるよ」
「うん。つまり空腹を感じるという段階で、誰に伝えるでも知らせるでもなく私自身、空腹という状態を言葉として受け止めているわけだ」
「空腹という状態を、言葉として?」
「ああ。生理的に私の脳が栄養が足りていないという事実を後天的に空腹と定義したからこそ、私は自身が空腹であると自覚できるのだから」
「一言でいうとどうなの」
「言葉とは、そういった概念と呼ばれるものを伝えるべくして生まれた手段である。だが、私達が日頃から頭の内で考えている概念も、それらは既に言葉のフィルタを通されたものではないか、ということである」
「一言じゃないじゃん」
「すまない、私も自分の思考に追いつくので精一杯なのだ」
「頭の中で考えてることが、既に日本語や英語だったりするのは考えていること、つまり概念が言葉に変換されているということでいいの?」
「うん、私の言いたいことはそれなのだが」
「それの何が疑問なの?」
「先に述べたとおり、言葉が概念を伝える手段であるのならば、言葉と概念は 別のものであると考えるのが普通だろう」
「うん」
「しかし実際に我々は概念でものを考えるというよりは、言葉でものを考えて暮らしている」
「うん」
「言葉と概念の差異はどこにあるのだろう」
「きっと概念はあるんだけど、それを目に見えて形作るためには言葉を使わないと駄目なんじゃないかな」
「だとするとだ」
「うん」
「可能性の一つとして言語化できない、ふやけた衝動のような、実体を持たない思念のような、そんな概念も存在するかもしれない」
「言葉にできないなら、あたしもそれは概念だと思うよ」
「私は君に、自身が'考えていること'それ自体も言葉なのではないかということを疑問に感じていると言った」
「言ったね」
「それは言葉と概念の差異性に関する疑問で、私は身に湧き出る概念はすべて言葉になっていることを前提に論を進めていたように記憶している」
「そうだね」
「だが一方で私の内に、言葉にできない思念のようなものが渦巻いているのだ」
「そうなの?」
「君だ」
「あたし?」
「君を想うとなぜだかわからないが、私の内側に煙のようなものが燻る」
「それは大変だね」
「君の姿が脳裏に焼き付くと、暫くそこを離れようとしないのだ」
「あたしったら罪作りだ」
「君と会って話す度に、その度合いは強まるのだが、いざその衝動やらを言語化しようと思っても、私にはどうにもできないのだ」
「だろうね」
「これはおそらく概念なのだろう」
「君はそう思うんだ」
「ああ。だからこそ、言葉とはなんなのだろうと思うわけだ」
「そこに帰ってくるんだ」
「ああ、君はどう思う」

「あたしは言葉を、君が論じたような内容で信じてもいいんだけど、一つ根源的な法則を付け加えるならね」
「うむ」
「定義されないと言葉はつかえないものなの」
「ふむ」
「今のは、君に定義されていない感情があって、その感情があたしに向けられているとすれば、説明はつくんじゃない?」
「たしかにそれもそうだ。して、君にはその感情とやらに当てはあるのかね」
「あるけど言わない」
「どうして」
「もう少しだけ、今のままでもいいかなって思ったから」
「勘弁してくれ、私も参ってるんだ」
「珈琲が入ったら教えてあげるって」
「……きっとだからな」
「ね、それまでもう少し話をしよう?」
「うむ、それも悪くはない」