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可逆的選択

趣味で書いています @yadokarikalikar

死と創作について思うこと

死というものについて、僕は尋ねられたこともなければ克明に想像したこともない。だから、いざそれがどんなものかを考えようとしてみたところで、実感の湧かない心許なさはそのまま僕の思考を緩やかに締め上げる。死、そればかりはどうにも体感しようのないものであって、考えども同じ道筋を辿ってしまう。

死というものを創作に用いると、それだけで創作の何割かは完成してしまう、と僕は思う。
誰かが死ぬ、或いは死んだ、という事象はそれだけで誰かの感情を揺り動かし得るし、行動の動機になり得る。誰かが命を落とす創作はこの世に溢れている。死があるだけで、多様な展開を得やすいからだ。だが創作として余りに簡単が過ぎる要素であるがために、抱えなければならない問題というのは、簡単に済む話ではないようにも思う。
死という事柄は「誰もが必ず迎える」点と「一度迎えると二度とは元に戻れない」点が際立っている。それは、受け取り手にとっては安易この上ないツールとして好まれるし、上の段落に書いたことと被るが、発信する側からしても同じだといえる。

誰かが死ななければ成り立たない物語が既に僕らの周りに横溢しすぎていて、きっと僕らの感性はそれによって左右されているといっても過言ではない。
誰も死なない、なのに面白い物語を書きたい。と、そう思う今日この頃である。
今書いてる。