可逆的選択

趣味で書いています @yadokarikalikar

風景描写

「おはよう」
「よーっす」
「寝癖やばいよ」
「まじ?」
「竜巻みたい」
「やばいな」
「あたしの櫛つかう?」
「どうせ戻らないしいいよ」

中学の頃から割と上背があったのだが、高校に入ってからまた伸びて、いま現在二年次で179cmになった。横を歩く幼馴染とは赤ん坊の頃からの付き合いだが、彼女の身長は俺より30cmほど低い。なんとはなしに見下ろすと小さなつむじが見える。
「腹へった」
「朝ごはんは?」
「足りなかった」
「ふうん、これ食べる?」
「なにこれ」
「チョコレート」
「ご飯にはならねえよなあ」
「じゃああげない」
「うそうそ、いただきます」
「感謝してよね」

手渡されたのは簡単に包装されたチョコレートだった。いま食べてもいいのかな、と思って彼女のほうを見下ろすと、見上げてくる彼女と目が合った。
「いま食べていい?」
「お好きに」
「いただきます」
「ほんとに食べるんだ」
「あまい」
「おいしい?」
「これどこのやつ?」
「聞いてどうするの」
「うん、個人的に買おうかなって」
「あたしだけど」
「やばい」
学校がある方角から予鈴が聞こえる。なにか言いたげな幼馴染をせっついて、取り敢えず遅刻を免れるために走る。口の中はまだ甘い。
一時間目は現国だった。教科書を開けてはいるものの内容なんて入ってこない。
「こら、坂口。授業中によそ見すんな」
「あー、さーせん」
「じゃあ続きから、坂口が読んで」
「うっす」
「というかなんだその髪型。竜巻か?」

幼馴染の趣味が料理なのは知ってる。だけど彼女の手作りのものを口にしたのはさっきのが初めてだった。手作りのチョコレート。そういえば今日は、世間的にそういった贈り物が蔓延する日だった。
昼休みになると、クラスの女子たちが男どもにクッキーをばらまいた。なんだかんだ仲の良いクラスなので、こうしたイベントもみんなで盛り上がる。
部活に参加していないので、ホームルームが終わるとあとは家に帰るのみだ。荷物を鞄に詰めて教室を出る。追いすがってチョコを渡してくる女子はいない。下駄箱で靴に履き替える。可愛らしい手紙とチョコが入っていたりもしない。学校の前の信号で立ち止まる。幼馴染が走って追いかけてくる。
「ねえ」
「……」
「ねえったら」
「おお、いたのか。見えなかった」
「身長ネタはもう飽きたよ」
「そっか」
「チョコいくつもらった?」
「中西たちから一つ」
「ふうん、他は?」
「お前からだけ」
「そっか」
「俺、好きだわ」
「えっ」
「あのチョコ、また作ってな」
「……ああ、うん。いいよ」
小さなその頭を撫で回してやる。 案の定嫌がった。「なにすんの」

流れで告白してしまいそうになって、焦った。