可逆的選択

趣味で書いています @yadokarikalikar

今なお暮れつつある

僕が子供の頃から飼っていた猫が死んだ日の晩に、夢をみた。
内容は、一両しかない電車に揺られてどこかへ向かうというだけのもので、僕は同じ夢を以前に二回ほどみたことがある。

一度目は僕がまだ小学生だった頃、大好きだったキャラクタのプリントが施された食器を落として割ってしまった晩だった。たしか僕は泣いた覚えがある。
二度目は高校生だった頃で、付き合って数ヶ月の彼女が家の都合で海外に引っ越した晩だった。彼女が引っ越すまでは泣くこともなかったし、なんなら彼女の方がぐずぐずに泣き濡れていたけど、彼女が日本を飛び立った後になって、僕は自分の部屋で子供のように泣いた。泣き疲れて眠った先には、電車があった。

だから僕が周りを見渡して、僕以外に誰一人として乗客のいない空間に一人揺られているのを確認して、すぐに夢だと気付けた。そのあとに、飼い猫が死んだことを思い出した。
陽は沈んでいた。とはいえ完全に暗闇とまではいかなくて、仄明るい空と深い木々ばかりが車窓を流れていた。僕はそれをぼうっと眺めたり、車内を歩き回るだけで、特別何か考えたことといえば、猫に会いたいというくらいだった。
電車は時折減速し、停車する。気の遠くなるような時間をかけて、何事もないように動き出す。電車が三度目の停車をしたときのことだった。僕から遠い方のドアが開いた。僕はドアを見る。諦念と祈念が心臓の内側でせめぎあっていて、結局ドアはすぐに閉まってしまったが、代わりに乗客が増えた。
灰と黒の混じった毛並みと、大きな緑の目玉が二つ、なに食わぬ顔で悠々と歩み寄ってくる。立つことに疲れて座席に腰掛ける僕の元へ。
電車が動き始める。足元が大仰に揺れ、一度身をすくめるも、彼女は再び歩を進めて僕の膝に飛び込む。つい癖で頭を撫でてやると、目を細めて喜んだ。
そうして彼女を撫でては、彼女に別れを告げなければならないんだと思うと、涙は自然に出た。彼女は僕の顔を見て一言小さく鳴くと、微睡み始めた。僕は声を殺そうともせずに泣いた。

ふわふわの毛並みを撫で付けながら、窓の外を見遣る。夢だからだろうか、まだ夕闇はその片鱗くらいしか見せていなくて、僕はじっと眺めていた。
電車は動く。どうやら僕がどこかへ出かけるというよりは、僕が彼女をどこかへ送るらしい。
電車は減速する。不意に彼女が目を覚まして、僕の膝から降りる。その場で大きく伸びをして、ドアの元へ走ってゆく。彼女の名を口にする。一度だけ振り返ると、またすぐに向き直って行ってしまった。
電車は停まる。ドアが開く。ドアが閉まる。
窓の外は、徐々に暮れ始めていた。