可逆的選択

趣味で書いています @yadokarikalikar

2015/03/20 21:18:08

創作することが救いだと思って書き続けていたのに、度々起こる現象というか病症というか、創作それそのものが精神を追いやっている様に思えてならないときがあって、今がまさにそのときである。何かを削るような、そんな気概で書いている。だけどそれはきっと体がもたなくなって、自己否定の果てに破綻が約束されているような、許しを乞うてしまいたくなる。
もっと。もっとだ。まだ追い詰められる。まだ心に余裕がある。悩み続けなければならない。祈り続けなければならない。
僕が書きたいのはきっとその先にしかない。僕が目指しているのは、もっともっと洗練されていて、悩みもあれど、必死になってもがき苦しめど、どこか救われていなければならない。文章をもってして、救わなければならない。それはあなたを、だろうか。自分を、だろうか。定かではないのだけれど、いやきっと、定かでないからこそ、今一度書かなければならない。今この瞬間を忘れてはならない。今こうして悩むからこそ未来に生まれるものに価値がある。苦しみを昇華させたものにこそ、未来に生まれる意味が価値が生まれる。
別に僕は狂人ぶりたくてこんなことを書いているわけじゃなくて、ただ構ってほしいからこんなことしているわけじゃなくて、意味を生んでいるんだ。頭がおかしいことを否定はしないけれど、僕はきっと、文章を書くことを知らなければ今よりももっとひどいことになっていただろうことは簡単に想像できる。