可逆的選択

趣味で書いています @yadokarikalikar

舞姫

現国の高校教材がこれまでにどれだけの変遷を経てきて、またこれからどれだけ経てゆくのかは私の預り知るところのものではないのだが、私が現役のそれであった頃の教材は森鴎外舞姫であった。はじめて目を通したときのことはいまでも思い出せる。古めかしさの匂う文字列が、その堅苦しさとは裏腹に違和感なく私の内側へと潜り込んだ。意志が薄弱であると評されることの多かった太田豊太郎の心情が驚くほど馴染んだ。いま思うに、彼の生きようは我ら学生に示されるべき大人を知る意味としてこの上なく有用であったように思う。正義や損得の感情で人間が動く生きものではないことを、私はこの本に見出せたと思う。この文章に目を通している諸氏の多くは既に舞姫を読んでいるだろうと思う。私は舞姫を未読の方よりも、一度でも読んだことのある方に、これを機会に再び読んでいただくことを願っている。いまいちど独逸の、遠い遠い異国での豊太郎の葛藤を味わっていただきたい。私の心の内に舞姫という物語は、橙がかった柔らかな光に包まれ仕舞いこまれているように思える。さながら有り得たかもしれない幾筋ものの未来が、残虐で一意的な解答を守っているかのように。