読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

可逆的選択

趣味で書いています @yadokarikalikar

四月(2/4)

青ざめた気色で水瀬は要塞を後にする
よもや自分は霊現象とやらに遭遇したのではないか?とでも言いたげな様子で

霊などこの世界に一欠片も存在し得ない

棟内にすら廃材が溢れる要塞でも例外はなく

そうだ
あれはたしかに佐月だが
本当の意味の佐月ではない
動揺が腹からするすると滑り上がってきて、首元をかすめる
「いると思うなあ、幽霊は」

何が言いたい

わかるでしょ、と言いそうな顔をして

「わかるでしょ」

一々そんなこと言わなくても、といった面持ちで

「一々そんなこと言わなくても」

佐月は静かに目線で射る

少し、黙っていてくれ

「嫌よ」

黙れ
混乱しているんだ
今はなにも考えたくない

「身勝手」

聞きたくない

「人殺し」

聞きたくない

「どうしてあの時」

あああ

「助けてく」
ああああ、あああ
「れなかったの?」










どうして生きているんだ

そう呟いた

佐月は困ったように薄くはにかむ

「だから、」
「私もう死んでるんだって」


どこかからか啜り泣く声


ならここにいるお前は何だ

「君の妄念」

口を開く佐月

「君はあの日、死ねと言った」

ほんの些細な取るに足らない口論

しかしたしかに感情に委ねて言った

そしてその日の晩に佐月は交通事故で逝った

「君の知らない間に君の知らない場所で君の知らない人が運転していた車に君のよく知る幼馴染みが轢かれた」

佐月に謝ろうと電話をかけるところだった

「あの日の晩私は何をどうしていいか、なにもわからなくて」

「馬鹿みたいだよね、そんなことを言われただけでショックを受けるなんて」

「だけど私は前しか、いや、前すら見えないでいて、気が付けば」

トラックに

即死だと聞いた

「ほんとうかな」

だった、はず

「、」

そう聞いた、医者から

「痛かったよ」
佐月は、くすくすと笑う


いい加減立つのが辛い
俺はその場に座り込む

俺が罪の意識を抱くのはお門違いだろうか

傍に纏わりつく妄念には消えてほしい

だが本当に消えてよいものだろうか

佐月の影は俺が産み出した明らかな妄念

だがそれは後ろめたい意識を具体に為したものであり俺の中にまだそれが残っている確証に他ならないのではないだろうか

「車に知らない場所で君の間に知らない人が場所で運転していた間に知らない君のよく知る幼馴染みが君の知らない人の車に場所で轢かれた」

俺が殺した

「車に知いら車なに君の場で所君の間に知ら君のな間に人が場車で場に運所で転てた間な染に知い君運のくなよる知幼みが君の幼馴染みが轢かれた」

俺が殺したんだ

佐月は、くすくすと笑う

「死ね」
俺がそう言ったんだ




酷い空腹と陽の去った後の寒気で意識は冴え冴えとしていた

窓の外は黒黒とした空

世界を憂うかのような、そんな暗幕


足を引き摺るようにして、前へ

底の磨り減った草履が一歩進む度にざりざりと悲鳴を上げる

入ったことのない食料品店へ入る

鶏肉とレタスとトマトを購入し出る

ただそれだけの荷物が鉛のように腕を牽引する

炒飯を作ろう

改札を通る

佐月の為に

まばらな意識で考える

右手に力が入らなくなるのを客観的に捉えながらレジ袋を左手に持ちかえる

ホームの先頭に立つ

何かが自分を呼んだように思えて首を捻り背後へ振り返る

ごうごうと風が鳴く

でもそこには顔のない赤の他人だけが犇めいていて言い知らぬ悪寒を感じ前を向き直す


佐月は、どうしているだろうか

今もまだ、痛みを叫んでいるのだろうか

そうして俺はいつか、佐月のことを忘れていくのだろうか。


話したいこともないわけじゃない

たまにはお前の膨れっ面も見ていたくなる

くすくすとくぐもるあの忍び笑いだって、聞こえないと何かが欠けたようだ


佐月はいつも側にいた

どれだけ邪険にしたって離れなかった

なのに

どうしてお前は今ここにいないんだ?


一歩、
また一歩と、
足を引き摺る
ようにして、前へ

眩しい灯り
準急がすぐそこまで来ていた