読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

可逆的選択

趣味で書いています @yadokarikalikar

春の巻きもの

「春巻きって、春を巻いてるんでしょうか?」
先輩が急にそんなことを言うものだから、俺は思わず彼女の方を見た。
「……違うと思いますが」
俺は直感でそう答える。
「では、なぜそのような名前なのでしょうか」
先輩はどうにも腑に落ちないといった表情を浮かべる。
「大方、春の食材で作るからでしょ」
「ほら、それは春を巻いているのに他ならないです」
「春を巻くということが、春のもので作るのと同義だというんですか」
「春のものを巻くんですから、そうなんでしょう」
先輩は得意げな顔をする。
「でも、この中だと春のものって、筍ぐらいですよ」
「むう。そんなことはどうでもいいんです。ただの名前の由来に過ぎませんので」
「変なとこにこだわりますね」
俺が苦笑してみせると、つられて先輩も笑った。
「ひととはそういう生きものなのです」
そうしてまた、俺と先輩の間に沈黙が滑り込む。黙々と作業を進める。
小麦粉を平たく伸ばしたものに、豚肉やニラや筍を適量乗せて、棒状に包む。単調といえば単調な作業に、俺なんかはつい雑に作ってしまうこともあるけど、先輩は一つ一つ丁寧に包む。やっぱり変なとこにこだわるひとなんだなと、そう思う。

「揚げものは怖いです」
「俺が揚げますから」
「怪我だけはしないでくださいね?」
「しませんって。慣れてますし」
「でも、跳ねた油って、熱いですよ」
そりゃそうでしょ、と思いながら、包んだものを沈めてゆく。だけど今回は特別水気もないし、そもそも跳ねることがないのだ。
「ほら、跳ねませんから大丈夫です」
「そうですね、安心です」
と言いながらも先輩は俺の背中に隠れて、恐る恐る鍋を伺っている。
「揚げものはですね、とっても美味しいのですがリスクが高すぎます」
「まあ割と手間もありますし」
「そうなんですよ。コロッケをですね、手作りしたときも大変でした」
「コロッケを」
「はい。美味しかったんですけど」
先輩の言葉をぼんやりと聞きながら、なんて平和なんだと思った。

「はい、出来上がりました」
皿にとって、それをテーブルに置く。
「揚げてくださって助かりました」
「いいえ、お安い御用です」
先輩が炊飯器を開けて、炊きたての米をしゃもじで切り混ぜる。
「お礼といってはなんですが、昼ごはんを食べていってください」
「……俺はもしや昼飯にお呼ばれしたわけではなく、揚げもの代理のためだけの存在だったんですかね」
「冗句です、冗句」
先輩の手によって、山のように白米が盛られた茶碗が、二つ出来上がる。
「先輩って白飯好きですよね」
「ええ、とっても」
満面の笑顔とともに返ってきた。が、すぐにその顔が曇る。
「……やっぱり、はしたないって思いますか?」
「いいえ、全然」
「ほんとですか?」
「勿論です」
「良かったです。ご飯も君も、大好きです」
「……あー、食べましょう」
「そうですね、もうお腹ぺこぺこです」
俺と先輩は、仲良く合掌した。