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可逆的選択

趣味で書いています @yadokarikalikar

二分三十秒のご馳走

「三枚交換します」
「うええ……じゃあ一枚交換で」
「コールします。君は?」
「……コールで」
「ストレートフラッシュです」
「先輩強すぎませんか」
「君の手配は?」
「……フラッシュです」
「私の勝ちですね」
ぐぬぬ

「こんな時間ですか」
壁に掛けられた時計を見遣れば午前の二時を過ぎていた。日付が変わるか変わらないかぐらいからずっとしていたので、少なくとも二時間はポーカーに興じていた計算になる。
「ほんとだ。俺達没頭しすぎでしょう」
「ですがこれで私がポーカーに強いというのは信じていただけたと思います」
「ええもうそれは」
先輩の勝率は、ざっと思い返すだけでも九割を超えていた。
「ふふ。掛けのこともお忘れなく」
「わかってますよ」
俺と先輩はどちらがより強いかを掛けて勝負をしていたのだ。
カードを片付けた先輩が、小さな声で提案した。
「あー、あの。小腹が空きませんか」
「そうですね、なにか食べたいです」
俺はというと、かなり空腹だった。
「ですが生憎、いまなにも食べるものがなくてですね」
「なるほど」
遠慮がちに先輩が切り出してきた。
「コンビニ。いまから行っちゃいませんか?」
悪戯っ子のような笑みを含めて。
「お供します」
俺はというと、即答だった。

「深夜に出歩くのは初めてです」
「そうなんですか?」
「はい。不良の気分です」
「そんな箱入り娘みたいなひと、初めて見ました」
「普通の娘ですよ」
「普通の娘はそんなにポーカー強くありませんて」
「ところで君はなにを買うんですか?」
「カップ麺でも頂こうかなと」
「カップ麺」
先輩の目が一瞬異様に輝いたように見えた。獲物を捕捉した獣のように。
「私もカップ焼そばにしようと思っていました」
「箱入り娘なのにカップ麺食べるんですか。それもこんな遅くに」
「私はポーカーが強い普通の娘です。加えてカップ焼そばには一家言あります」
先輩とインスタントという取り合わせは、違和感しかなくて意外だった。
「カップ麺、詳しいんですか」
俺が目を丸くして尋ねると、先輩は毅然とした声で、
「カップ麺ではなく、カップ焼そばです」
それから小さな声で付け足して、
「……詳しいといっても、少しだけです」
とても恥ずかしいといった様子だった。

「大学受験のときに、夜食として生まれて初めてカップ焼そばを食べたんです」
「へえ」
「衝撃でした。どうしていままで食べていなかったのかを悔やむほどには」
「はまったんですか」
「それはもう、見事なまでに」
店内を歩きながら、先輩は微笑む。はじめて味わった感動を思い返すように。その姿はとても綺麗だった。
カップ焼そばのコーナーに辿りついた。そこには期間限定味であったり、既存のものの増量版であったりと、様々な種類があった。先輩は真剣な表情でもって商品を見つめている。
「君はなににしますか」
「夜店の一平にします」
先輩が小さく親指を立てる。
「いいセンスです」
「先輩は?」
「私はですね」
先輩の声が、いつもよりも堅い気がするのは気のせいだろうか。
先輩が手に取ったのは、直方体型のフォルムが特徴的な、例のものだった。
ペヤングです」
しかも最近復刻したばかりの超大盛り。
「カロリー計算とか大丈夫ですか」
失礼かなと思う気持ちに勝って、尋ねてしまった。
「大丈夫だから食べるんですよ」
それから、先輩の勧めでお互いに塩むすびを一つずつ購入し、帰路につく。

薬缶に水を張り、火にかける。二人分だから水の量も多く、なかなか沸騰しない。
「待ち時間にポーカーでも?」
「そりゃ勘弁してください」
「む、そうですか。でも暇ですね」
「カップ焼そばについて、なにか小咄とかありませんか」
少しは盛り上がるかと思って言ってみたら、待ってましたと言いたげな様子で、先輩は得意そうに眉を釣り上げた。
「聞きたいですか。カップ焼そば論」
「もちろん」
先輩は、んんっと咳払いを一つして、
「いいでしょう。まずカップ焼そばといってもたくさん種類がありますよね」
「たしかに」
「ソースが粉末か液体か。麺が太いか細いか。野菜の量が多いか少ないか。販売会社は顧客のニーズと自社のこだわりに折り合いをつけながら、納得の一品を生み出し、市場に並べます。カップ焼そば業界は熾烈な争いを日々繰り返しているのです」
「そんな大袈裟な」
「本当のことですよ。その証拠にどの焼そばも美味しいじゃないですか。ユーザーの意向を汲み取り、それをいかに商品に反映させるかの繰り返しです」
「まあ、そうですね」
「我々は星の数通りほどもある組み合わせの中からお好みの形態を選んでいるわけです」
先輩は胸を張ってそう宣言した。
「カップ焼そばの話ですよね」
「そうですよ。ふりかけが青のりなのか文字通りのふりかけなのか。マヨネーズがあるか否か。あったとして、辛子仕立てなのか否か。オプション一つとってもこんな感じなんです」
「な、なるほど」
「最も美味しい焼そばなんて、個々人の中にしか生まれないんです。残念なことに、恐らく我々はその生涯の中で、全国に販売されているすべてのカップ焼そばを味わうことができないでしょう。加えて地方や期間限定発売という商品もあることを鑑みるに、全国的に最も売れているものが、売れているが故に最も美味しいという裁定も下せない筈です」
「はい」
「長々と話しましたが、つまり各々好きなものを食べるのが一番良いという話なのです」
「その結果が、先輩の場合はペヤングだったと」
先輩は一瞬だけ言葉に詰まった。
「そうなります」
「じゃあ、先輩的にこれはどうですか?」
俺は自分が買ったものを指さした。
「夜店の一平ちゃんはですね。なにはなくとも麺が素晴らしいです。ほどよく縮れており、それでいて割とあっさりめの歯切れなのが絶妙な食感なんです。辛子マヨネーズも辛子の風味を前面に出すテイストで調合が良く、分量も申し分ありません。ただ、ふりかけが青のりでないことが唯一私の好みではありません。それもまた一興なんですけどね」
にへ、と笑いながら滔々と語る先輩の姿を見て、本当にこのひとは好きなんだなと思った。

そうこうしている間に、ぽこぽこと軽快な音を立てて鍋が騒いでいる。沸き上がったのだ。
先輩は台所に向かい、火を消し止めながら話す。
「はしゃぎすぎてしまいました。珍妙な話に付き合わせてしまって申し訳ないです」
「そんなことないですよ」
「このことを誰かに話せたのは、君が初めてです。あまり身の回りの同性の方はカップ焼そばを嗜まないようなので。さあ、お湯を入れますよ」
二つのプラスチックの容器に熱湯が注がれる。立ち上る湯気に、乾麺の匂いがついていて、それだけで食欲が刺激される。携帯のタイマー機能を起動する。
「カップ焼そばがカップ焼そばたるゆえんの一つは、このプラ容器だと思います」
「あー、なんかそれわかります」
「このチープさがですね、この手軽さがですね、私の中のジャンキーな欲望を満たしてくれるんです」
先輩は、目の前に置かれたペヤングを見つめながら言った。
「……ペヤングは、一度販売を止めることを余儀なくされたんです」
先輩は笑ってこそいたが、そこにどこか暗い感情が宿っているのがわかる。
「ああ、混入がどうだとかの」
「ええ。それについての真偽がどうとか、私はそういうことを言いたいわけではなくて、もう一度戻ってきてくれたことが嬉しくて仕方がないんです」
先輩は一度呼吸を挟んで、
「私が初めて食べたカップ焼そばも、ペヤングでした」
それから先輩は、時間が来るまでそれ以上なにも言わなかった。

「お湯を捨てるのは凡そ規定時間の三十秒前です。素早く捨ててきちんと水分を切り、ソースとオプションを手早く混ぜ合わせましょう」
「あいあいさ」
二人で流しに立って、肩を並べてお湯を捨てる。
「復刻版はサイズの小さなものだけで、超大盛りは出ないものだと思っていました」
「そうだったんですか」
「どうやら私はいま、初めて食べるときよりも緊張しているようです」
先輩は流しからもうもうと立ち上る湯気に遮られていて、その表情を拝むことはできない。

「さあ早く混ぜましょう。カップ焼そばは待ってくれません」
「合点です」
「ああ、この重量感……やっぱりペヤングはこれじゃないと」
「感傷に浸ってないで早く混ぜないと。カップ焼そばは待ってくれないのでは?」
「はっ。そうでした」

半ば駆け足気味にソースを混ぜる。カップからこぼれてしまわないように気を付けて。続いて銘々についてきたものを投入する。混ぜる。混ぜる。つやつやと輝く麺と、えも言われぬソースの悪魔的な匂い。いますぐにでもかき込んでしまいたい欲に駆られる。だって、深夜三時のジャンクフード。美味しくないはずがないのだ。
一緒に買った塩むすびも用意した、冷蔵庫で冷やしていた番茶も用意した。
俺と先輩は顔を見合わせて、合掌した。