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可逆的選択

趣味で書いています @yadokarikalikar

大きな寝床

ぜんぶ美紗都が悪い。
周りの目を引いてしまうほど可愛いのも、大勢の中から聞き分けられるほど澄んだ声も、ほっそりとしたその身体も、ぜんぶ。
そんな彼女を前にすると私なんて霞んで見えてしまうかもしれない。だけど私は彼女の恋人なのだ。

私は美紗都とルームシェアをしていて、同じ大学の同じ学科にいる。丘の上に立つ、狭くて古い学舎だけど、それはそれで雰囲気があって良い。
私と彼女は、パスタをフォークに巻き付けるみたいに、それはもう自然な流れで恋人の関係になった。
私は彼女に選んでもらえて嬉しかった。細くてすべすべな指で触ってもらえるのが嬉しかった。
一緒のベッドで寝るのも、例え青かったとしても、愛と呼べる言葉を囁きあうのも、ぜんぶぜんぶ、大好きだった。

でも、美紗都は最近私に隠し事をしている。
なにかと用事があるといって、二人の時間を避けてどこかへ行ってしまう。
最初は美紗都のいうことに疑問は抱かなかった。恋人といってもずっと一緒にいるわけじゃないし、言いたくないことだってあるだろう。だから寂しくても仕方ないと思うようにしていた。
美紗都が、同じ学科の女の子と二人で街を歩いているのを偶然見掛けるまでは。
彼女達はそのまま私に気が付かないまま、アパートの一室に消えていった。恐らく相手の女の子の家なのだろう。その晩、美紗都は遅くに帰ってきた。
普段通りの表情をして、私に笑いかけた。
それから段々と美紗都の「用事」の頻度が増えた。

いつもどこでなにをしているの。私は美紗都にそう問い詰めるだけでよかった。一緒にいた子は誰なの。それなのに、できなかった。
もしも美紗都が、私の恐れている通りの答えを口にしたら、私はどうすればいいの。私は彼女がいないと生きていけるかわからなかった。
詰問すれば、美紗都から別れを突きつけてくるかもしれない。そう思うと、恐れが加速して訊けなかった。美紗都のいない部屋でめそめそと泣いた。

二人で選んだダブルサイズのベッド。部屋が圧迫されたとしても寝る場所には拘りたいと、家具屋を何軒も回った。
二人が寝そべっても少し余るくらいだから、当然ながら一人だと大きすぎる。そればかりか、いつも美紗都が寝るはずの隣がぽっかりと空いていて、心ばかり締め付けられる。
今日は私の誕生日。美紗都はお祝いのメッセージを寄越してくれたけど、それだけだった。
そのメッセージのすぐあとに、今日も用事で遅くなるかも、と付け足しがあった。
私はスマートフォンを放り出してベッドに潜り込んだ。最初はさめざめと、それからすぐに枕に顔を埋めて声も殺さないで泣いた。こんなに泣いてしまうと跡が残ってしまう。そうなると美紗都に泣いていたことがばれてしまう。でも涙は止まってくれなかった。
もうなにもかもが限界だった。私が大人しく身を引こうと思った。彼女が帰ってきたら言おうと、泣きすぎてぼんやりした頭で考えた。

いつの間にか寝ていた私は、美紗都が帰ってきた音で目を覚ます。ベッドの上で丸まって、タオルケットを頭から被ったままじっと息を潜めた。
やがてぱたぱたと足音を立てて美紗都がやってきた。
「ごめんね、帰ってくるの遅れて」
本気で私を気遣う声音だった。なのに、白々しく聞こえてしまって、私は一体誰を嫌悪すればいいのだろうと迷ってしまう。
「唯?」
ベッドの傍に駆け寄って、美紗都が私の肩を揺する。
「寝てるの?」
そしてタオルケットをめくった彼女が息を呑む。
「どうしたの、唯、なんで泣いてるの」
美紗都の声を聞いていると、枯れるくらい泣いたのに、また涙が滲んできた。
「嫌なことでもあった?」
「……美紗都」
「どうしたの?」
「あなた、誰と、なにしてるの」
ぜんぶ美紗都が悪い。
周りの目を引くほど可愛いのも、大勢の中から聞き当てられるほど澄んだ声も、ほっそりとしたその身体も、ぜんぶ。
そんな彼女を前にすると私なんて霞んで見えてしまうかもしれない。だけど私は彼女の恋人なのだ。
でも、私は彼女の恋人なのに、私から別れは、とうとう言い出せなかった。
「用事のこと?」
美紗都は膝をついて、寝そべる私と同じ目線になって、聞き返した。
私は子供のように頷いた。
「……誰かから聞いたの?」
「この前駅前で学科のひとと歩いてるとこ、見た。そのあとそのひとと家に入るとこも」
もう涙はぼろぼろとは出なかったけど心臓は痛いくらい暴れていた。

「……そっか。でももう隠すこともないからね」
美紗都は真面目な顔をして呟いた。私は、血の気が引いていく感覚だった。
そして美紗都の背後にあった紙袋から、彼女はなにかを取り出した。
「誕生日、おめでとう」
手渡されたのはマフラーだった。思わず上体を起こして受け取る。白と灰色だけの、シンプルだけどとても綺麗なマフラーだった。
「編んだの。貰ってくれる?」
美紗都は頬を染めて、尋ねてきた。
「これ、美紗都が編んだの?」
「唯の為だけに、友達に付きっきりで教えてもらって編んだんだから」
わざとらしく眉に皺を寄せたかと思うと、悪戯っぽく微笑む。
「友達って、まさか」
「そのまさか。唯が勘違いした子だよ」
恥ずかしくて、耳まで赤くなってしまった。
「か、勘違いって、私の苦労も知らないで、」
そのとき、私の声を遮って美紗都が私を抱きしめた。
久し振りに嗅ぐ彼女の香りに、安心を覚える。
「心配かけて、本当にごめんなさい」
「え、あ、」
「完成するまでは、こういうことしないって決めてて。ああ、唯のにおい久し振り、すき」
「美紗都、力、強いってば」
美紗都が抱きついたまま、ベッドの上に倒れ込む。
「私が」
美紗都の整った顔が、心なしか潤んだ瞳が、私の眼前に現れる。
「私が好きなのは唯、あなただけなんだから」
いつもよりも少し長い口付けのあとに、
「唯はどう?」
ただ一言、小さく彼女は付け足した。
「私は──」
音が鳴らないように意識して、唾を飲み込む。私と美紗都の二人だけにお祈りするように。
「私も。美紗都じゃないといやだよ」
ダブルサイズのベッドは、二人でも少し余るくらいで、だけどそれが丁度いい。