可逆的選択

趣味で書いています @yadokarikalikar

四月(4/4)

自分の部屋の天井をぼんやりと眺めながら、俺はたゆたう意識とともに寝転がっている

間仕切りを開けて入ってくる佐月は、手に持つ盆に何かを乗せて

コップ一杯の水と、湯気のたつ炒飯

お前という奴は。勝手に台所を使うな

そんな言い方するんだったら、もう作らないけど

誰が作ってくれと頼んだ。自炊ならしてる

いつか君の胃袋を掴むから、その為の練習も兼ねて、ね?

そうしたいなら、今よりも味を濃くしろ

体に悪いんだよーっ


炒飯を受け取りながら、これが夢であることを頭のどこかで悟る

妙な浮遊感やぼやけた色彩、そしているはずのない幼馴染み

食べ慣れた炒飯を口に運びがら、佐月を眺める

どうしたの?人の顔をじっと見て

いや、なんでも

ひょっとして……惚れた?

あほか

むう。どうせあほですよ

ずっと前から惚れてる


夢の中だと知っているからこそ、普段なら口が裂けても言えないようなことを口走れて、自分でも拍子抜けするほど簡単に

対する佐月は目を白黒させながら驚くばかり

え、ええ?

水を一口含む
目にかかる前髪を片手でのけながら、続ける

お前が好きなんだ、恐らくは

お、恐らくって……

お前が死んで、漸く理解出来た。お前の価値や、意味が

最早自分がなにを口走っているのかすら把握しきれないそばから、感情は字をもって成り色を加え輪郭を整え言葉となる

控えがちな、しかし迷うことのない独白は、謝罪


……よくわかんないんだけど、君の中で私は死んだことになっているのかな、

座るすぐ傍らに腰を置いて佐月は俺の表情を覗き込む。目が合う。到底本当のことは口にする気になれなかった

お前が死んだ夢を視ていた

口早にそう告げると佐月はやっと合点がいったようで、だらしなく頬が、至近距離で弛む

誰かの手が伸びてきて俺の髪をぐしゃぐしゃに乱す

そっかそっか。それはさぞ寂しかっただろねえ

なにをする

頭を撫でています

……

……


お前の考えることなんて大体わかる

どういう意味?

なにか言いたいことでもあるんだろ、言え


すると応える上目遣い、数瞬の間をおいて


んー、と、ね。私が死んで、君はどう感じたのかなって

言ったところで俺にしては陳腐だ、なんて言って、笑わないか

そんなことで笑わないよ

お前を失うぐらいなら、俺が代りに死んでしまいたい、と思った


突き上げる後悔が、痛いほど喚く

それは十分、君らしいと思うよ

そうか

でもそれじゃ、まだ駄目だね

なにが

最善じゃない

はっきり言え、なにがだ

誰も得しないよ

所詮は夢だ、今はここにお前がいる


佐月は死んで、故にこれは夢で、夢なら佐月がいて、俺を迎える。だからせめて、この世界だけででも、送りたい

彼女の微笑む人生を

佐月を失った現実を夢に、
佐月のいる夢を現実に、
今だけは、そう捉え違えていたいと願う


ほんとにそう思う?

お前が死んだのは夢で、死んでないのが現実で、現にお前はここにいる、それでいい

憂いを帯びた、溜め息ひとつ

「ねえ」

……

「君は贖いたいのかな」

きっと、そうだ

「償いたいのかな」

恐らく、違う

「そうすることでしか遣りようがないの?」

ああ、

「君はなにも。悪くはないのに?」

これは自身にけじめをつけるためだ

「じゃあ尚更」
ひやりとしたなにかが頬を撫でる

生前一度も繋ぐことのなかったその手


「贖うというのなら、私に思い出を頂戴」

思い出?

「何度もいうけど君は悪くない」
「でもまだ君が贖わずにはいられないというのなら」
「君がこれから体験する思い出を追体験してみたいの」


「君の命よりも、そっちの方がいいかな」

佐月の指先が頬で渦を描く。

……どうしても俺を生かしておきたいらしいな、

「それはもう、ね」

断ったらどうする

「諦めるしかないけど」

苦笑する
それならば、仕方ない




__________
身体が浮き上がる感覚を経て、微睡みから目覚める
くたびれながらもこちらを気遣う目線

身体は起こせた


「先輩……」

……俺は、

「倒れました」

誰かの布団の上
畳の匂い

「一応、まだ救急車は呼んでませんけど。いらなさそうですね」

すまない、迷惑をかけた

「先輩は」

なんだ

「……いえ、やめておきます。先輩の言う通り、私は他人に干渉しすぎるきらいがあるようなので」

俺は手元に視線を向けた



佐月は

「……はい」

娯楽同好部の代表者で

生まれた時からの幼馴染みで

間接的に俺が殺した

「……」


罪未満の罪の独白


間の抜けた女で、料理しかできなくて

それでも居心地のいい奴だった

「先輩、」

思考はといえば何も働いていなくて、じゃあなにが俺の口を使役し話させているのかといえば俺以外の何者でもなくて、とはいえ脳幹は機能していない。佐月が話している気さえする

俺は、

「先輩っ」



思わず口が止まる
水瀬を見つめる

誰かの手が伸びてきて俺の髪をぐしゃぐしゃに乱す

「お腹空きませんかっ」

犬みたいに笑う女に犬みたいに撫でられている

既視感。

今この瞬間に、なにかをしたいと思った
夢の、幻想の中で交わした約束を思い出した

これからも生きなければならない
しかしそれは苦ではなかった

佐月への贖いをもう一度思い返して
水瀬の手を払いのけながら尋ねる

米はあるか

「勿論です。なに作りましょう?」

いや、台所を貸してくれ、炒飯を作りたい

「いいですけど」

水瀬、

「はい」

色々ありがとうな

「はあ」

呆気にとられた顔
間の抜けた顔が誰かと重なる


生きたい理由は増えなくて
死にたい理由もでも増えなくて

奇妙に釣り合いの取れた重しを担いで歩く

くすくす、という笑いが今にも聞こえてきそうな気がした