可逆的選択

趣味で書いています @yadokarikalikar

彼にまつわること

飼い猫が息を引き取ったのは、軍隊の行進のように終りの見えない、梅雨のある朝のことだった。
僕は泣きこそしなかったけど、それから暫くは生活のすべてがどこか噛み合わせの悪い歯車のようにぎこちなくなってしまった。今はもう、乗り越えられていると思う。それとも、乗り越えられているように振る舞えている。
彼 (僕はその猫をそう呼ぶ) が息を引き取った瞬間のことを思い出そうとしても、僕はその瞬間に聞こえた控えめな雨の降る音と、カーテンから差し込む弱々しい陽光以上に鮮明な景色を脳裏に浮かべることができない。
彼の魂は、そんな中を漂ったのだと思う。雨に打たれながら、空へと昇ったのだと思う。
それでも、彼の生涯を終えるにしては悪くない季節だったと思う。

僕が穏やかな日々を過ごす上で留意すべきだと感じることは幾つかあって、そのひとつは老衰だ。
身体の機能が僅かに狂いつつあることを実感し、嗜好が流動的に変わっていることを自覚する度に、人間として成熟するというよりは、衰えに近い感情を抱く。
止めようとして止められるものではないし、僕は受け入れることしかできないし、それは人間のみならず、猫にも同じことがいえる。彼は僕の、たった一匹の伴侶だった。

彼がその瞬間を迎えるまでの数日間は、自分で真っ直ぐ歩くこともろくにかなわず、水や食事も摂らなかった。
だから彼の今際の際が、眠りにつくように穏やかだったことだけが救いだった。
エメラルドグリーンの瞳が、側で看る僕を捉えるのを、僕は怯えながらやり過ごした。そのガラス体は、どこまでも透き通っていたからだ。
猫は言葉を話せない。
だけれど、彼は僕に目線で語りかける。
目線でもって、なにを僕に伝えたいのかなんて、僕の解釈に委ねられるのだけど、そんなことはどうでもいい。
横たえられた彼の、やせ細った身体を撫でると、すんと鼻を鳴らして、彼は尻尾を揺らす。
そして、アンプのつまみを絞るようにして彼が途絶えるのを看取りながら、僕の中に備わった歯車が、少しだけ、それでもたしかに、どうしようもなくなってゆくのを感じた。

エメラルドの鮮やかな輝きを、梅雨の朝が来る度に思い出す。
鈍く明るい空の上から雨が降る度、僕は彼の魂が、きちんとあるべき場所に辿りつくことを願う。
とうの昔に、辿りついているのかもしれないけど。