可逆的選択

趣味で書いています @yadokarikalikar

紫煙の奥に

運転席の扉を開けて車内に体を滑り込ませると、細切れになった煙草の香りがほんの微かに漂っている。エンジンキーを回して、まるでそうしなければならないことであるように、窓を開けた。儀礼的と言い換えてもいい。そこにはただ事実として、該当する装置を押す僕と、それに応じて開く窓があるだけだ。
季節としての秋は、あくまで世間的にいえば、瀟洒でいて風流なイメージを想起させるものだが、気候としてのそれは、もちろん暑くはなく、かといえ一枚では肌寒く、厚着をするには早過ぎる、些か過ごしにくい期間だと思う。車窓を開けるだけでは空気は動かないけど、といって空調を付けるに適した気候でもない。すっかり夜が深くなった住宅街の中で車を流しながら、全てに見放されている気分にさえなった。
僕らは二人だった。テラスで軽食を取るときも、共通の趣味嗜好に関して議論を交わすときも、いつも。彼女の話す言葉に頽廃的なニュアンスが編み込まれているのを僕は好ましく思っていたし、僕の思考の道筋の作り方や言い回しを彼女が気に入っていることも知っている。ただ、恋人同士かと問われれば首をひねらざるを得なかった。というのも、僕らは恋というものを知らずに大人になってしまったからだ。
友達と呼べる人達はいた。くだらない話で笑い合うことができた。ただ、僕が彼女と分かち合えるものを同じように彼らと分かち合えるとは思っていない。その点でのみ彼女とその他を区別する境界は形作られていて、別にそれは大仰なものではない。だけど、だからこそ僕はその境界を大切に見定めたいと平生から思っている。
彼女を愛煙家というのは憚られる。たしかに彼女はよく煙草を(それはもう、ほんとうに)吸っていた。しかし煙草が好きな人を指す意味として愛煙家という言葉を使うなら、やはり彼女をそうだとは呼べない。
最初に彼女が吸っていたのはCasterだった。それに対して僕は、ああ、この人はCasterを吸う人なのだな、と思うより他になんの感慨も湧かなかった覚えがある。僕も手持ちのJPSに灯を点けてぼんやりと考えを散らしていた。Caster特有の甘ったるい匂いが人気のない喫煙所に広がっていた。
「すみません、いいですか」
初めに話しかけてきたのは彼女の方だった。茶髪というには明るすぎる髪色が揺れていて、彼女の視線は僕の右手に注がれていた。
「はい」
「その銘柄、教えてもらっても?」
彼女と目が合った。銘柄を聞いてどうするつもりだろうと思いはしたけど、答えない理由はなかった。
JPSです。John Player Special」
JPS。どうもありがとう」
「はい」
彼女はたしかめるように何度か口にしながら喫煙席を離れていった。JPS自体は有名な煙草だと思うけど、周りでそれを吸っている人を僕は知らない。物珍しさから興味を覚えたのだろう、なんて考えながら思考の矛先は既に別のことに向かっていた。これが彼女に関する僕の最初の記憶で、どうしてだか今でも鮮明に思い出すことができる。

「隣り、空いてますか」
歴史学概論はテストを実施せず、加えて評価対象の約半分を出席に充てていて単位取得が簡単なせいか大教室で行われる講義なのにいつも人が多い。とりわけ意欲が高いとはいえない学生がこぞって後方に陣取るので、僕はいつも真ん中あたりで友達数人と固まって受講している。彼女が話しかけてきたのは、喫煙所で話してから数日後の、その講義が始まる数分前のことだった。
「どうぞ。この前はどうも」
「ありがとう。この前はどうも」
彼女ははにかみながらリュックサックを下ろす。栗色のセーターと髪の色味が似合っている。
「二回生だったんだ」
「うん、あなたもそうだったんだね」
社会学部?」
「うん。あなたは?」
「同じ」
「そうなんだ」
初老の教授が講義を始めた。操縦者を失って、会話は途切れる。僕と彼女はそれ以上話さなかったし、まずもって話す必要も内容もなかった。しばし平穏な時間は流れた。白髪の目立つ教授は壇上を行き来し、時には身振りを交えながらポエニ戦争について説明をしていた。僕は夕飯をどうするかを考えながら適当にノートをまとめ、スパゲティアラビアータに決まる運びとなり、隣りの彼女は細やかな筆致でルーズリーフを埋めては、窓の外に吹く風を眺めていた。
講義が終わり、出席票を教卓に提出して教室を出る。そのまま帰路につこうとして、はたと立ち止まり、思い直す。足先を喫煙所へと向けた。
大学構内には喫煙所が複数箇所設立されていて、四号館の裏の喫煙所にはまず誰も来ない。友達に煙草を嗜む人がいないため、煙草を吸うときは、人気がないことを理由にいつも四号館の裏だった。そもそも四号館という建物が人を寄せない。土だけで充たされ種を植えられずに置かれた鉢植えが周囲を取り囲み、棟内には所狭しと実験の機材や何がしかの書類が詰め込まれていて、講義では使われていない。
果たして彼女はそこにいた。初めて会ったときと変わらない様子で煙草を吸っていて、中に入るとJPSの香りがした。こちらに気付いているのかいないのか、彼女はぼんやりと前の辺りを見ている。
「友達になってもらえるかな」
敢えてこんなことを口にするのは初めてだったし、口にするほどのことでもないだろうし、もっといえば口にすべきではなかったのかもしれない。
「お願いします」
でも僕はこのとき言ってしまったし(また、恐らく言わずにはいられなかったし)、彼女は少しの間を置いてそう答えてくれた。僕は一本だけJPSに灯を点けて、吸い切る前に手帳を破いて携帯端末の番号を書き付けて、一度だけ手折って渡した。彼女はそれを受け取って、暫く俯いて眺めていた。僕は一度深く煙を吸い込んで、吸殻を灰皿に放り込んで喫煙所を出た。夕餉のために、ちょうど切らしていたはずだったパスタを買いにいかなければならない。

「悪い、その日は開けられない」
葡萄色の手帳を確認すると、週末は空いていなかった。本当は確認するまでもなく空いていないのはわかっていたが、手帳を確認する動作は相手へ納得を促すのに一役買うかと思ったし、個人的に手帳のカバーの触り心地も気に入っているので、手に取って頁を捲っては、さも気まずそうに言葉を返した。
「おい、合コンだぞ合コン。お前がそういうの好きじゃないのはわかるけど、なんとかならないか」
芳田が縋るような声を上げる。僕を見つめるその目には子供がものをねだるような感情と、その陰に明らかな苛立ちが見え隠れしている。たしかに合コンは好きじゃないが、今回は事情が違う。
「先約があるんだ」
「先約って誰だ。前に話してた娘か」
「その通りだが」
「なんだよ、抜け駆けかよ」
一言そう言い放つと、最早苛立ちを隠そうともせずに大股でどこかへ歩き去ってしまった。僕は手帳を閉じて、溜め息を吐く。理解が追いつかない温度差と、柔らかな手帳の表紙がやけに鮮明で、どこか覚えのある感情だな、と頭の片隅で理解しつつも、結局それがなんなのかはわからない。

十五分の余裕を見て目的地に着くと、既に彼女は駅前のベンチに座っていて、小さな背を僅かに丸めて、布製のカバーのついた文庫をさも大儀そうに読み耽っていた。そばに寄って声をかける。
「おはよう」
「おはよう」
「ごめん、待たせたかな」
「ううん、あたしいつも早く来すぎるきらいがあって」
「そうなんだ」
「気にしないで。それより、早く行こう?」
「そうしようか」
駅の前にある停留所から、バスに揺られること三十分。着いた先にそびえ立つのは、市が運営する美術館だった。
印象派展、ね。クロード・モネとかか」
「モネ、知ってるんだ」
「人並みの域を超えない程度にはね」
「モネはね、いいよ」
印象派というよりはモネ当人にお熱であるように聞こえるけど」
「うん。印象派なんて広い括りじゃなくって、モネの描く絵が好き」
僕は彼女と相性がいいのだな、と思う瞬間が度々あった。気のせいかもしれないし、自意識のせいかもしれないけど、彼女の伝えたいことがそっくりそのまま僕の耳を介して全身に染み込んでゆくような感覚にさえ陥る。感性の違いからか、僕が他の人に感じていたような、ボタンの掛け違いに似た齟齬は彼女には生じないだろうし、寧ろ奇妙な親愛すら覚える。
美術館を利用するのは初めてで、建物の中を流れる空気の冷たさや、例えるなら躾の行き届いた理性とでもいうのだろうか、抑制された緊迫感は、少なからず刺激をもたらした。美術館そのものが大きなキャンバスで、数ある作品らはそれに縫い付けられているマチエールのようで、彼女から美術館の感想を訊かれたときに、大体そのような僕自身が感じたままのことを答えたら、彼女は目を細めて頷いた。
美術館の外に据え置かれた喫煙スペースに立ち寄って、僕らは話の続きをした。僕らの中の芸術や趣味嗜好なんかの細部を紐解いていくうちに、気が付けば話題はお互いの掲げる人生観についてのあれこれになっている。長椅子の端に腰掛けてJPSを摘む。フィルタをくわえてライターを近付ける。オイルが少ないのか、火が点きにくかった。小さく息を吸いながら灯を点けると、僕の身体の内側を撫でながら煙が緩やかになだれ込む。煙は肺へと至り、呼気に乗って旅立つ。鼻腔を抜ける角の立たない風味が思考を綺麗に纏め上げてゆく。隣には彼女が座っていて、風に乗せて吹き流すように

死というよりは、より具体的な空虚さと隣り合わせでいる

と言いながら彼女も鞄から煙草を取り出す。それはJPSでもなければCasterでもなく、見たことのないパッケージで、縦に長い箱にGARAMと書いてある。
「それは?」
インドネシアの煙草」
彼女が小さな黒いライターで灯を点ける。嗅いだことがないほど強く、思わず噎せそうになるほど甘々しい香りがした。彼女が煙を取り込む度に、チリチリという断続的な燃焼音が鳴る。
「銘柄にこだわりはないのか」
「特には」
「美味しい?」
「とても」
今になって考えてみると彼女は、僕と会うごとに異なった銘柄を吸っているといっても過言ではないほど種類多く煙草を吸っていたし、時折僕がそれは美味しいかと訊ねると決まって彼女は、たった一度を除いて、とても、とだけ答えていた。まるでその言葉には思考の形跡が残されてはいなかったが、僕はそのことについて彼女が嘘を吐いているとは思わない。彼女は本当に美味しそうに、時間をかけて煙草を吸う。でも彼女の眼だけはいつも、なにかに(もしくは、何がしかを思って)悲しむような色をしていた。

死というよりは、より具体的な空虚さと隣り合わせでいる。
言葉は楔となって僕の記憶に刺さり続ける。

「ねえ」
布団の中から顔だけ出して、彼女が僕に言葉をかける。天井の木目から視線を彼女に戻して、その言葉の続きを待った。
「好きって、どんな感情?」
嫌悪というよりは鈍い痛みによって反射的に顔をしかめそうになった。できることならなにも話したくなかった。そういうことは人に教わるものじゃないし、教わって理解できるものでもない。大体、僕自身そのことについて、よくわかってはいない。時間をかけて、慎重に答える。
「そのことについて考えたときに、ずっと大切にしておきたいと感じたら、それはそうなんじゃないかな」
「人に対してのそれは、物に対してのそれと同じなの?」
「きっとそうなんじゃないかな」
僕は肯定からではなく、本当のところはそうであってほしいな、という願いを込めてそう答えた。こんなときにこそ煙草があれば、僕のいっさいを伝えられる言葉が降ってきたかもしれない。だけど手元には一欠片も残っていない。彼女は暫く布団に潜ったあと、また顔だけを出して、少しむず痒そうに照れた表情で僕に告げる。
「じゃあ、あたし、あなたのことがすき」
僕らは二人だった。

「はい」
頼まれていた缶コーヒーを手渡して、彼女の隣に座る。自分の分の缶コーヒーを開けて一口啜り、JPSを取り出して灯を点ける。彼女は自分の缶には手をつけずに僕の分を飲もうとする。
「それ甘いやつだけど」
「わかってる。ひとくち」
「いいけど」
彼女は少しだけ上機嫌に缶を傾ける。そしてそれを僕に返すと、自分の吸っている煙草のフィルタを僕に向けた。嗅いだことのない香りがする。
「お返しにひとくちあげる」
「これ、銘柄は?」
「death」
「聞いたことない。美味しいのか」
「とても」
僕は顔を近付けて彼女の持つ煙草を吸う。名付けられた死という直接的な言葉は、少しだけつまらない。いつも吸っているJPSより風味が乏しくて、だけど煙の重みは悪くなかった。一度だけ吸うと僕は彼女に寄り掛かった体勢を立て直し、煙を吐き出す。彼女はというと、ようやく自分の分の缶を開けていて、だけどそれには口をつけずに今度は僕の方に寄り掛かる。
彼女がなにを求めているかはわかった。
JPSのフィルタを差し向けてやると彼女はそれを吸い、ゆっくりと肺に溜め込んでから、惜しむように煙を吐き出す。そして僕は、彼女の瞳の奥を覗く。
悲しみを宿した瞳。涙の似合う、艶やかな瞳だ。深い暗闇の中を抗うことも叶わずに沈みこんでゆくような、光のない色を灯したその瞳が、僕を見透かしている。彼女はとても不安定な足場の上に立っていて、いつ崩れてもおかしくはない。それらすべてが彼女を構成していて、彼女のすべてがそれらによって引き立たされていて、宛ら一生かかっても触れ合えないような、高潔な彫像のように見える。
「美味しい?」
感情の震えを抑えて、僕はそう聞いた。子猫を撫でるように丁寧に、形を崩してしまわないように慎重に。彼女は目と口元を優しく歪めて答える。
「これが一番すき」
僕の中の、彼女に対する愛しさと恐れとが堰を切って溢れてしまいそうになる。

ある朝。それは本当にいつものように迎える朝となんら変わりのない朝で、昨日までと同じく僕は目覚まし時計が鳴る数分前に目を覚まし、シャワーを浴びて珈琲を飲み、新しくおろしたシャツに袖を通して、大学への道を歩いた。芝生の側を通って講義室へと。講義を終えて、食堂で軽食を。その日の課程を終えて、人気のしない喫煙所へと。一日を終えて、帰路につく。彼女が僕の世界にいないことを除いて、概ね世界は平常通りの運行を続けている。ある日を境にして、彼女は僕の前から姿を消した。いつも彼女が居るはずの場所には煤けた空気が漂うばかりで、だけど彼女を探そうとは思わなかった。理由があって僕の前から消えたというなら、探して見つかるような場所にはいないだろうし、彼女自身、探されることを望んではいないだろうから。

僕らは二人だった。たしかに共に過ごした期間はこれまでの、またこれから続く人生に比べてみれば、僕にとっても彼女にとってもはるかに短いだろうと思う。だけど僕は彼女と眺めた夜を、贈り合った言葉の一つ一つを、憂えた世界のさまざまをつぶさに覚えている。僕は彼女のすべてを覚えている。
僕はそれからの日々を、二人で堪えていた痛みを一人で請け負って歩いた。いつかまた遠い未来の僕が過去を省みたときに、その行為が無駄ではなかった、たしかに意味はあった、と思えるように。

年月を重ねれば誰しも大人になれるというのなら、僕はもう大人だ。彼女と過ごしていた頃だって年齢で見れば成人はしていた。だけど僕はあの頃の自分というものを大人だったとは思わないし、あれから幾年かが経過した今の自分も、どうだかわからない。あれから僕は大学を卒業して企業に勤め、そこで知り合った女性と結婚して、子供を持つまでになる。派手やかさこそなけれ、それなりに幸せな道のりだった。
だけど僕というものの一部は、今でもあの頃過ごしていた僕のままなのかもしれなくて、だから僕はまだまだ自分が大人だと思えないのかもしれない。

妻が煙草の匂いを厭うものだから、結婚してから煙草を吸う機会がめっきり失われた。彼女は頭も良く、世話好きに加えてよく気のつく性格で、僕にはとてももったいないほどの女性なのだが、ただ一つ注文をつける、というわけでもないが言いたいことがあるとすれば、もう少し喫煙に対して大らかであってくれればと思う。
詰め切れなくて残ってしまった仕事の処理というか、明日の仕事の量を見越しての事前準備というか、とにかく世間では残業と呼ばれるものを小一時間ほどかけて終え、喫煙スペースへと向かう。JPSに灯を点ける。夜が深くなり始めているからか、喫煙スペースには僕以外に誰もいなくて、人気のしない場所でJPSを吸うといつも思い出す人がいる。そうして、いつもそうするように彼女に関する幾つかの記憶を指でなぞりながら少しの間、灰を落とし続ける。
吸殻を置いて会社を出る。月のない夜だ。車に乗り込み、家族のいる家へと走らせる。僕を迎えるのはこの冬に五歳の誕生日を迎える娘と、優しく微笑みかけてくれる妻だ。
二人は、あたりまえだけど、在りし日の彼女のようにふとした瞬間に姿を消してしまうことはないだろう。あたりまえだけど、ある意味で子供じみた厭世観に駆られたり、今にも涙を零しそうな瞳で幸せそうに煙草を吸わないだろう。そして、あたりまえだけど、僕の吸っている煙草の銘柄を訊ねたりしないだろう。月のない夜だからか、どうも感傷的になってしまっていけない。

いつもはしないのに、無意識で車の中でJPSを点けてしまった。半分ほど吸ったところで自分のしていることに気付いて、慌てて灰皿で揉んだ。車に備え付けてあるデオドラントではすぐには匂いを消しきることはできないだろうし、これでは妻に怒られてしまう。小さく溜め息を吐いて、最寄りの薬局へ向かう。霧吹きの形状をした匂い消しを購入して、車内に吹きかける。近くの喫煙所に行って、灰皿を綺麗にするついでに一服をしよう。
今日のような月のない夜にも、どこかで彼女が煙草を吸っていることを切に願いながら。

更新について

暫くブログの更新を止めるかもしれませんし、止めないかもしれません。止めるとなれば数ヶ月単位になるかもしれませんし、そうならないかもしれません。なぜこんなことを言いだすかといいますと、所属している文芸サークルに寄稿する原稿を練るためなんですけど、それは勿論後々にここにも載せるでしょう。
秋口に締め切りがあるので、そろそろ本腰を入れないと駄目かなー、と思いまして、村上春樹なんかをいたずらに読み流しつつ、こんにちの僕は生きています。

もしかすると、煙草について書いた作品を載せるかもしれませんが、そのときは告知なりしますので。

あらしのよるに

何度、財布の中身を確認しても、お札が増えるなんてことはない。とはいえ、貯金や結婚資金の積み立てですっかり寒々しくなってしまった懐を見る度にそんな馬鹿らしいことをつい夢想してしまう。もっと贅沢に暮らしてみたいと思うけど、こちらが立てばあちらが立たない。いまは我慢、と自分に言い聞かせる。
来週末になれば彼女に会えるかと思うと、心が踊る気分だった。彼女と会うのは実に一ヶ月振りになる。お互い社会人駆け出しで一番忙しい時期とはいえそろそろ限界が近く、お金の工面はできても、こと彼女に関する我慢はまだまだのようだった。
晩秋に入ったその日は本州に近付きつつある台風の影響で、雨脚が強かった。
午後七時を越えたあたり、僕が仕事から自宅アパートへ帰り着くと、部屋の前に誰かが立っているのに気付いた。人影はこちらに気付くとたどたどしく歩み寄ってくる。切れかけた電灯のせいで辺りは薄暗く、人影が十分に近付くまで、僕はそれが雨で濡れそぼつ彼女であると気付けなかった。
どうしてここにいるのかを尋ねても、彼女は泣くばかりでなにも言おうとしないので、いま無理に訊くこともないと判断して彼女を家に上げ、シャワーを浴びさせる。少しして居間に姿を見せた彼女の変貌ぶりに、驚きを隠せなかった。
これほど落ち込んでいる姿を見るのは初めてだった。彼女は普段使いの座布団に緩やかに座り込むと、腕をお腹の前で組んでまた泣きそうな顔をするので、僕は少しでも彼女が落ち着けるように背中をさすりながら、僕になにかを伝えようとしている彼女の、いまにも消え入りそうな声に耳を傾ける。
気が動転しているからか彼女の話す言葉は支離滅裂で、文章構成もへったくれもなかったけど、根気よく声を拾い続けることでどうにか彼女が言いたいらしいことは伝わった。どうやら彼女は彼女の両親ときつい口論をしたらしい。非道い言葉をぶつけ、持つものも持たずに外へ飛び出して、ここに着いたという。
長い期間を共に過ごしてきて、彼女のすべてを知り尽くしたわけではないけれど、それでも僕は彼女のおおよそを知っているつもりではいる。彼女は人並み以上の知性を持ち合わせているし、特別、ご両親と仲が悪かったわけでもない。寧ろ関係は良好であったようにすら思う。だから口論なんて理由でこの天候の中、家を飛び出してくるなんてにわかには信じられなかった。
彼女はひどく悲しみ、そして怯えていた。それは実の親に対してはじめて働いてしまった非礼。頭を冷やし、幾ばくかの落ち着きを取り戻した彼女は、自身を省み、浴びせた言葉のその乱暴さに畏怖するばかりだった。しかしなによりも彼女を苦しめているのは、悲しみに暮れて尚、彼女の内で燻り続ける遣りようのない不安であるようにも見て取れた。
なにに対して、またどのように彼女が親と言い争ったのかは、ようとして知れない。しかし思い詰めた彼女の表情は、事態が深刻であることを物語っていた。
雨脚は今や信じられないほど強いものとなっている。
僕はどうにもしようがなくて、彼女の声が涙に曇ってゆくのを、肩を抱いて寄り添うことしかできなかった。なにか彼女のためにできることはないだろうか。考えど妙案は浮かばなくて、慰めの言葉くらいしかかけることができないのが口惜しかった。
遠雷が聞こえる。

「辛かったね、もう大丈夫だから」
僕の言葉を聞いた途端の、彼女の射るような目線は暫く忘れられそうにない。
「あなたにあたしのなにがわかるっていうの」
振り絞られた声が、僕の腕を払いのける彼女から発せられる。涙の滲む瞳の奥で、青い焔が長立っていた。
今にもこちらに食ってかかりそうな表情の彼女は、軽い嗚咽を交えながらも、僕を射続けた。そんな僕の驚く瞳を写して、にわかに彼女の視射が勢いを弱める。
「……ごめん」
目を逸らして、彼女が謝る。
その直後、なにかが爆発したような、衝撃に似た単純な磊音が僕らから少し離れたところで生じて、彼女は反射的に耳を塞ぎ、僕は衝撃でなにが落ちてきてもいいように彼女に覆いかぶさった。
間を置かず照明が消えて、嘘のような静寂が訪れる。驚きのあまり声も出せなかった僕と彼女は、その場その格好で身を固まらせたまま目が慣れるまで居竦んだ。
我に返って腕の中でじっとしている彼女に声をかける。
「大丈夫?」
「……なんとか」
「停電、かな」
「……みたいだね」
彼女を抱き起こしながら、会話は途切れる。ほどなくして沈黙が、それもとても長いそれが僕らを取り巻いて、四方から圧力を掛ける。自然、息苦しくなる。
「ねえ」
彼女が、分厚い本の頁を捲るように慎重に言葉を発する。語調は幾分か穏やかになっていた。
「うん、どうしたの」
「あたしのこと、好き?」
その声には未だに涙が滲んでいた。
「もちろん」
「どれくらい?」
違和感を覚えた。こういう類のことを彼女は言った試しがない。
「言葉では言い表せないほどかな、愛しているとも」
「具体的には?」
間髪入れず挟み込まれるその言葉に、いよいよ混乱する。眉を顰める僕に彼女は、おずおずといった様子で付け足す。
「結婚しても、いいくらい?」
僕は応える。
「ああ。だけど、結婚はもう少し先でもいいって、二人で決めなかった?」
勤め先は違うけど、二人とも定職に就いている。お互いに仕事が落ち着いて会社での立ち位置が定まるまでは、結婚は控えておこうと取り決めていた。
「そう、だね」
暗闇の中で彼女の輪郭はぼんやりと掴めるものの、表情まで窺い知ることは叶わない。だけど今の一言には、仄暗い不安が宿っているのが容易にわかる。思わず体が動く。愛しさ、というよりは義務感で。安心できるように優しく肩を抱く。
「あたしね」
「うん」
「妊娠してるみたい」

急激に動悸を感じた。
「……ほんとに?」
「……どうしよう、もうわかんないの」
仕事が忙しいことは理由にならないのかもしれないけど、夏頃から僕らは碌に会えていない。セックスだって満足がいくほどできていない。会えば必ずするわけでもない。だけどそれは、僕らの間で息を潜めている繋がりを確かめるための手段として有用だった。学生だった頃とは違う、お互いがお互いを慈しむ行為は、おこがましくも限定的な意味合いで聖性のような要素をはらんでいたし、紛れもなくそれを幸せと呼ぶことができた。だけどいつからか、形のない不安が僕らの周りを取り囲むようになっていて、それは一見無害なものなのに、ふとしたタイミングで爪を突き立ててきた。次第に僕らは、それから逃げるようにしてお互いを求め合った。
そしてその延長上で僕らは合意の上で度々コンドームを外してしていたし、中で果てたこともある。そんな生活が惰性で続けられていた。
「あたし、頭が混乱してどうすればいいのかわかんなくなったから、親に相談してみたの。生む生まない以前にどうすればいいのかを。そしたら目くじら立てちゃって、責任とか仕事とかどうするんだって怒鳴られちゃって」
「わかんないから縋る糸がほしくて相談したのに。向き合えないから尋ねたのに。でもそれも、避妊しなかったのが良くなかったんだよね。……ねえ、ここに命があるんだよ? 信じられる?」
そう言って彼女はお腹を摩る。
「中絶にしたってたくさんお金がかかるし。でもあたし達はまだ子供を必要としていない」
「答えなんて、本当はもう決まっていたのかもしれない」
いま思えば、僕らはお互いに良い関係でありすぎたのかもしれない。上澄みばかりを舐めあって、濁りきった澱から目を背けていたのかもしれない。数回、深い呼吸をする。鼓動がおかしいぐらい速くなっている。その言葉の意味する重さに眩暈がした。

「堕ろそうと、思うの」
緩やかな階段を降りていくように、彼女は告げる。息が詰まってしまった僕はなにも言えない。
「会社に入ってまだ数年も経たない奴が産休とか、馬鹿女の典型じゃない? やりたい仕事を前にして休みたくないし、あたしの親だって反対してるし、早い段階の堕胎なら赤ちゃんまだ生めるし、」
幼子が悪戯を弁明するような、彼女の口上は聞いているこちらの方が痛々しかった。言い分はもっともだし、遅かれ早かれ、 堕ろすという結論に至るのも仕方のないことなのだろう。
彼女の生理周期から安全な日を逆算して、していたつもりだったけど、物事に絶対なんてありえなくて、僕らはそんな間の抜けた配慮を免罪符にして、こんな生活を続けていると自然に膨らんでいく可能性を見て見ぬ振りをしていた。
僕は他方で、覚悟に近い意識を持ち続けているつもりだった。彼女のことを心から愛していたし、なにが起ころうとずっと傍にいようと思っている。快適でも彼女のいない生活か、決して楽ではない道のりでも彼女と過ごせる生活か。彼女が望んでくれさえすれば僕は、全てを投げ打つことだって厭わない。そう思えるだけの存在が、僕にとっての彼女だった。一ヶ月振りに見る寝間着姿の彼女。新たな命をその身に宿して、暗闇の中で泣き濡れるそのひとが、僕にとってかけがえのない存在だった。肩を抱く手に、ほんの少しだけ力を込める。彼女の体が強ばった。
「君自身は、どうしたい?」
「しらない」
「真面目に聞いて」
「……だって」
「僕らは向き合わなきゃいけない。体裁だけでなく、僕らの意思も含めて」
「あなたは、これからどうしたいの」
「僕は君に産んでほしい」
まっくらな中で、彼女の息遣いがやけにはっきり聞こえる。身を寄せてじっとしていると、僕と彼女との間に仄かに宿る熱が、形を持った幸せように僕らを包む。
「産むのは私だもの、何とでも言えるね」
後ろから抱き竦めているので、彼女がどんな表情で話しているのかすらわからない。微かに届く雨音と二人分の呼吸の音が響く。

「僕だけじゃない。君自身のためにも」
肩に回していた腕を解いて、手を下へ降ろす。お腹のあたりで折り重なる彼女の腕の、さらにその上から僕の腕を重ねる。
「結婚しよう」
数秒、彼女の呼吸が止まった。
「でもあたし、仕事も辞めさせられるかもしれないし」
「お金なら蓄えはある。もっとも、挙式は遅れるかもしれないけど……」
「あたしの両親だって賛成しないのに」
「そちらには一度挨拶に行ってそれきりだったから、もう一度伺おうと思ってる」
「あたしに産んでほしいって言いに行くの?」
「君を幸せにすると誓いに」
「……あたし、家追い出されちゃうよ」
「ここに住めばいい」
「そんなこと簡単に言うけど」
「君は」
彼女の声が途切れる。
「僕を頼りにしてくれた」
僕は、どうかこの思いがそっくりそのまま彼女に伝わってほしいとばかり願った。
「たしかに世迷言かもしれない。でも今こうして見栄をきって言う程、僕は本気だ」
彼女の頬を静かに伝う涙は、やがて僕の手に垂れ落ちる。
「自由な時間はもちろんなくなるだろうし、やりたい仕事も暫くは出来そうにないだろう。君の人生だから、僕がとやかく言えることじゃないのかもしれない」
間髪入れずに続ける。
「だから」
彼女は黙りこくったままで、重ねた僕の手を握りしめた。
「僕に君の人生の一端だけでも、担えたらと思う」
重なる掌が、指を絡め合うことによってより強固に繋がる。

不意に明かりが戻った。
「停電、直ったんだ」
彼女が振り返って言う。
そうだね、と返す僕の顔を見て、どうしてだか彼女は口元を綻ばせる。彼女の右手の人差し指が僕の頬をなぞる。そうして初めて僕は、自分もぼろぼろに泣いてることに気付く。泣き腫らした顔の彼女が、泣き腫らした顔の僕を見て照れくさそうに笑う。

「今ここにいること、無事でいることを親御さんに連絡入れなきゃ」
諭すように言うと、気まずそうに顔をしかめる。
「わかってるんだけど、気が重いの」
「こんな台風の日に外に飛び出したんだから誰だって心配するって。それが自分の子供で、加えて身重なら尚更」
「……うん」
電話をするために彼女は居間に繋がる廊下へと出る。数分後、彼女が居間に戻ってくるなり僕の前に座った。むず痒そうな表情をしている。
「君に近い内にあたしの家に来るように伝えろって」
「それって」
「本人の口から直接聞きたいんだって」
困ったような微笑み。溶けるような安堵に彼女は漸く迎え入れられたようで、そんな彼女の姿を見られただけでも良かったと思えた。
「わかった」
「すっごい怒られたけど」
少し間が空いて、ぽつりと彼女が漏らす。
「それよりももっと心配されてた。お腹の子供についても、ちゃんと話をしないとだね」
「僕らが親になる番か」
「……上手くいくよね」
彼女はほんの少しだけ不安そうに呟く。僕は楽天的に返した。不安がないといえば嘘になる。だから、未来に約束するために、ひと握りの願いを込めて。
「大丈夫、僕らなら」
「ありがとう、本当に」
「こちらこそ。話は変わるけど、いいかな」
「どうしたの?」
不思議そうな顔をする彼女に、僕は言う。
「もう一度だけ、きちんと言わせてほしい、僕と結婚してください」
そう言いながら僕は、後ろ手に持っているものを彼女に差し出す。彼女が電話をしている間に用意したものだ。本当はもっと後に渡すものだと思っていたけど。
彼女は息を呑んでいる。僕が蓋を開けると、彼女は指輪と僕の顔とを交互に見やり、相好を崩す。
いつの間にか雷雨は、緩やかなものになっていた。

レゴ部!

南校舎は全体的に埃っぽくて汚い印象がある。建物自体が相当古いために、併設された中央校舎や北校舎と比べると自然に湧き出てきてしまう薄汚いイメージが、そうした印象を形作っている一因になっている。そんな南校舎二階、北の方角に突き当たる場所に、その室は存在した。
生徒部詰所。時代を幾ばくか錯誤したような、なんとも色気のない名前だが立派に存在し、学校側からの正式な認可も受けている。室の使われ方としては、その名のとおり「生徒部」に所属するメンバーの活動拠点である。
生徒部とは、文化祭や体育祭など、学校が催すイベント・企画すべての構想や運営をこなす、生徒による生徒のための機関である。部という名を冠するものの部活としては扱われておらず、どちらかというと生徒会のような、ある種独立した立ち位置にある。とはいえ正式な生徒会は別に存在するために、生徒部の面々が表立って活躍することはない。
体育祭の選手宣誓を担うのが生徒会の役目だとすれば、生徒部の役目はマイクの設営や時間配分になる。それゆえ、度合いとしてはかなり学校に貢献している割に生徒からの認知度は低く、加えて活動の際彼らは生徒部指定のユニフォームと称した生徒部オリジナルの臙脂色のジャージを着て活動するため、その奇抜さ、また美的センスの欠落から、陰で軽蔑の意を込めてボランティア蒸し芋と呼ばれる有様である。そんな集団に進んで加わろうとする者は、多くはいない。

藤崎は一年生にして、僅か二人しか在籍していない生徒部の貴重な部員である。彼はある日の放課後、少し黴臭さが気になる詰所で人を待っていた。南校舎は授業で使われる教室がないため、平日の午後などは時間が止まったように静かだ。暫く彼が待ち続けていると、小さな足音が一つ、詰所に近付いてきた。
パイプ椅子に腰掛けていた彼は、いま一度居住まいを正して来訪者を迎える準備をする。間を置かず詰所の扉は開かれた。
「こんちわっす、先輩」
「こんにちは。お疲れ様、藤崎君」
長い黒髪が揺れている。現れたのは、二年の蓮見みゆきだった。彼女は生徒部の部長である。
「体育祭の計画書、あれで通りましたか?」
「ええ、つつがなく。だから今日の分の活動はなくなったわね。もう帰っても大丈夫よ」
話しながらも蓮見は歩みを止めることはなく、室の奥にある、いつも彼女が使用している机のあたりまで行くと、徐に肩に掛けたセカンドバッグを机の上に置いた。幾つかの小さな塊同士がぶつかったような、ごちゃごちゃとした音が鳴る。
「いや、今日気紛れに覗いてみた目安箱にこんなものが入ってましてね」
藤崎はそう言って、二つに折り畳まれた紙片をファイルから取り出してみせる。目安箱とは、生徒部が校内に計六箇所設営した投書箱のことで、生徒が少しでも過ごしやすいようにと、彼らから日頃の悩みや相談ごとを募集してはいるのだが、実際に投書があったのは目安箱実装四ヶ月目にして今回が初めてのことだった。安物のパイプ椅子にもたれ掛かっていた蓮見の目が大きく開かれ、光り輝く。
「ついに投書が来たのね」
「読ませていただきます」
「うん、お願い」
藤崎は一度だけ咳払いをすると、紙片に書き連ねられた内容を読み上げる。内容はおおよそ以下の通りだった。

投稿者である自分はとある先輩を好きになってしまい、彼女に告白をしたいが、彼女にフラれてしまうのが、またそれによっていまの関係が壊れてしまうのが怖い。現状わりかし仲良くさせてもらっているのに甘えて、もう長いこと想いを告げることができていない自分に生徒部のひとから喝を入れてほしい。

藤崎が読み始めるときこそ蓮見は身を乗り出して聞いていたが、文書を読み進めるにつれその表情は次第に曇り始め、彼が読み終わる頃には、その整った顔に遣りきれないといった感情を浮かべていた。
「先輩はどう思いますか」
「え、ああ、うん」
蓮見は複雑そうな顔をして頷いた。頷きながら傍らに置かれたセカンドバッグを開け、大小さまざまなパーツを机上に広げる。ざらざらと音を立てて広がるそれはレゴブロックだった。
その中から灰色のパーツを幾つか見繕って、それらを組み合わせ始める。レゴブロックを組み立てることが彼女、蓮見の趣味だった。藤崎も最初こそ面食らいはしたものの、もう慣れたもので、彼はなにかを形作り続ける彼女に声をかける。
「先輩、初めての投書ですよ、ちゃんと考えましょうよ」
ブロックを組みながら蓮見は溜息をついた。
「藤崎君ならわかると思ってたんだけど。私ってほら、レゴ触ってる間だけ集中力が増すじゃない?」
「そんな面白設定初めて聞きましたが」
やり取りをしながらも蓮見は散らばったパーツの中から迷うことなく必要なものを選定し、嵌め込んでゆく。
「先輩」
蓮見は視線を手元に落として、返事を寄越す気配を見せない。
「聞いてますか?」
藤崎はようやく事態のおかしさに勘付き始める。蓮見は、いくら日頃から暇さえあれば趣味のレゴブロックを弄り倒しているとはいえ、生徒部の仕事中にまでするような人じゃない、と。
「これは真剣な話なんです」
「そうはいうけどね、私だって真剣に考えてるの」
間髪入れず蓮見が言葉を切り返す。顔を上げ、藤崎を捉えたその目には戸惑いが宿っていた。彼女はブロックを組む手を止めた。
「変なこと聞くようで申し訳ないけど」
「はい」
「その投書書いたの、藤崎君じゃない?」

「どうしてそうなるんですか」
「私だって聞きたいよ。どうしてこんなことを?」
「いや、だから、俺が書いたって証拠でもあるんですか?」
「直接的なものはないけど、でもその手紙の内容からある程度察することもあるから」
蓮見の声は落ち着き払っていた。彼女は手に持っていたブロックの塊を机の上に置いた。
「全校生徒の中のどのくらいの割合が生徒部の存在を知っていて、なおかつ目安箱の存在を知っていていると思う?」
「そりゃ低いは低いでしょうけど、現に投書が来てるわけだからそこは関係ないでしょう」
一度だけ、蓮見が溜息をついた。
「藤崎君は、よく知りもしないひとに恋愛相談なんかできる?」
「……できませんけど」
「敢えて認知度の低い生徒部に狙いを定めて相談するよりは、信頼できる友人なんかに頼るのが順当だと思うの。こと、恋愛事なんかそうよ。私が投書に想像していたのは、学校の設備や制度なんかに関係する相談事だったの」
「一理ありますけど、先輩。それは確率や可能性の問題であって実際にこうして依頼が来てるんだから」
「告白すればいいじゃない」
藤崎がすべてを言い終わらないうちに蓮見が答えた。
「えっ」
「そのひとは生徒部から喝を入れてほしいんでしょ。告白したいと思ってるのなら、そうしない理由を考えるよりも、いますぐ想いを伝えるべきだと思うわ。はい、これでいい?」
「は、はあ」
「よく知りもしない人に恋愛相談なんかできないのは勿論だけれど、相談された側も相手を知らないんだから当たり障りのないことしか答えようがないじゃない。それでも相談に来てるってことは、そのひとが余程のお馬鹿さんでなければ、生徒部のどちらかと直接的な交友があると考えるべきね。そして私には思い当たるひとなんかいない。私でないとすれば、そのひとはきっと藤崎君の知り合いじゃないかと思うの」
藤崎は目を伏せて、暫く黙り込んだ。蓮見は尚も淡々と続ける。
「でも仮にそうだったとしても相談者が藤崎君を知っているなら、なぜ投書なんて回りくどいやり方をするのかって話なのよ。生徒部に頼るにしたって、あなたを通してここに話を持ってくればいいじゃない」
「それは、その」
言葉に詰まる藤崎に蓮見は僅かに表情を和らげて、宥めるように声をかける。
「藤崎君の言う通り、確率的にはそうだとも言い切れないわ。推論の域を超えることはないもの。だけど、確率がどうこうっていうのなら、一番有り得るのはやっぱり藤崎君が書いたってことだと思う。……ねえ、怒らないから本当のことを教えて?」
数秒ほど、どちらもなにも話さない時間が訪れ、藤崎は観念したように両手を挙げた。蓮見の顔に少しばかりの安堵が浮かぶが、不安すべてが拭いさられたようでもない。
「やっぱり。でもどうしてこんなことを?」
藤崎は伏せた目を戻そうともせず、タイルの一点を見つめながら答えた。足場の悪い場所でバランスを保ち続けるように、慎重に。
「先輩は報われるべきひとだから、です」
「なによ、薮から棒に」
「誰よりも学校のことを考えて、自分の身を粉にして働いて、なのに誰からも称賛されていない」
「……なにを言い出すかと思ったら、そんなこと」
「くそほどダサいジャージのせいでフカしたイモだと生徒に嘲られながらも、その生徒のために行事を運営する姿を見て、俺は何度涙したことか」
「ちょっと待って、初耳なんだけど、あのジャージってそんな悪評ついてるの?」
「蒸し芋でなにが悪いってことです。あんなにもほくほくして美味しいのに!」
「それじゃ蒸し芋のフォローになってるけど」
「そこで考えたんです。先輩が発案、設立した目安箱を使ってみるのはどうだろうって」
「そこに至るまで随分腑に落ちなかったけど、うん」
蓮見は置いていたレゴブロックを手に取ると、再び組み始めた。
藤崎は、蓮見が目安箱に並々ならない熱意を注いできたことを知っている。彼女は生徒部側が生徒に働きかけるだけでなく、生徒側からも生徒部に意見や要望を発信できる機会を作り、学校生活をより過ごしやすいものにしようと努力した。新聞部発行の学校新聞にも毎号欠かさず、目安箱の宣伝広告を載せている。しかし残酷なことに投書は来ず、ただ時間だけが無為に過ぎていた。
藤崎は顔を上げる。緊張した面持ちで蓮見を正面から見据えた。
「きょうび目安箱なんて、しかもそれが生徒部発信とくれば、正直をいえば投書の期待値は高くはありません。だからこそ先輩が在学中に一度でもそれが使われるさまを見せてあげたかった。だから俺が、生徒部宛てに相談することにしたんです」
「相談?」
「そして悩みを聞いてもらって、喝も入れてもらいました」
「……それは投書の内容でしょ?」
「はい。とある生徒の相談です。先輩は言いましたよね。告白したいと思ってるのなら、そうしない理由を考えるよりも、いますぐ想いを伝えるべきだと」
「ええ、そう言ったけど。……もしかして藤崎君、あなた」
「先輩。俺、先輩のことが好きです」
ごとん、と鈍い音がする。それは蓮見が手から取り零したレゴブロックが机にぶつかった音だった。

「ずっと気になってたんですけど、先輩ってなんでそんなにレゴブロックが好きなんですか?」
蓮見の隣で、彼女がレゴブロックを組み上げるさまを見つめながら、ふと思い出したように藤崎が尋ねた。
「知育玩具なのに大人も楽しめるところとかかな」
「遊ぶ幅が広いってことですかね」
「組み合わせ次第で無限の可能性を秘めてるからよ」
「いま作ってるそれは……なんですか、それ」
「見てわからないの?」
少し呆れたような顔をして、蓮見は藤崎の目の前にそれを持ってくる。彼女はアングルを変えたりして彼に全体が見えるようにした。
「カバ、ですか」
「当たり。やればできるじゃない」
「色と概型ぐらいしか確実にわかるところがないじゃないですか」
「大切なのは想像力よ。現にあなたは当ててくれたことだし」
「偶然ですよ。……あ、尻尾の辺りのパーツ、いまのものよりこっちの方がリアルに見えませんかね?」
そう言って藤崎がパーツの山から見つけたのは、動物の尻尾を模した専用のパーツだった。色味といいサイズといい、カバのものにしてちょうどの代物だったが、蓮見は緩やかに首を振る。
「たしかにそうだけど、こっちの方がレゴブロック本来の質感が出て良くない?」
蓮見の作ったカバの尻尾はパーツの形がすぐわかってしまうようなチープなもので、お世辞にも藤崎が提示したものより本物らしいとはいえなかったが、そのチープさがレゴブロックで手掛けたものであることをさり気なく、それでいて効果的に表せていた。
「写実的が過ぎるよりかは、適度にレゴ感が出た方が良いんでしょうか」
「その辺は好みなのだけど」
「へええ、結構面白いもんですね」
「同じパーツに見えても厚さや穴の幅なんかが違ったり、使うべきシーンを選ぶパーツでも本来とは違った場面で活用してみたり、はまったらほんとに病みつきになるんだから」
蓮見はまるで子供のように目を輝かせて語る。その姿を見て、藤崎まで笑顔になった。
「俺もレゴ始めてみようかな」
「ふふ。そしたら生徒部じゃなくてレゴ部になるわね」
「嫌ですよそんなの。あくまで生徒部です」
「どっちも大差ないと思うけどね」
「大ありですよ。それより先輩、俺も自分のレゴが欲しいです。初心者用のキットとかありますかね」
「じゃあお勧めのやつ見繕ってあげる。今度の日曜日は暇?」
「ええ、空いていますけど……初デートがそれでも、いいんですか?」
デートという言葉に反応してか、僅かに頬を染めながら蓮見は、早口で返答した。
「きょ、共通の趣味に関する買い物なんだから、立派なデートじゃない?」
「それも、そうですね」

後に彼らは、「番い蒸し芋」やら「芋ブロック」などと呼ばれ校内の名物カップルとして一躍有名になるのだが、過去のようにその独特な渾名に侮蔑性が含まれているようなことはなかった。
ところで、誰かが流した噂によってか、月に何度か目安箱に恋愛相談が送られてくるようになったのだが、それはまた別の話。

彼女と彼と合言葉

「ねえ」
「はい」
「合言葉を決めよう」
「なんの」
「なんでもいい」
「どゆこと」

「合言葉ってろまんじゃない?」
「はあ」
「やっぱりきみもそう思ってたんだ、きぐうだね」
「二文字からどう読み取ったの」
「いい機会だし決めちゃおっか」
「別にいいけども」
「じゃあ私が『ごちそうサマンサ』っていうから」
「待って待って」
「きみは『おそまつタバサ』っていってね」
「一から十まで全部意味わかんない」
「わかんないの?」
「それどのタイミングで使うやつなの」
「じゃあ私が『王様の耳は?』っていうから」
「ありきたりだな」
「きみは『食べた』っていってね」
「こわい」
「わがままいわないで」プンスカ
「わがままではないんだけどな」

「ばんごはんまだ?」
「今できたから」
「わあい」
「お前の好きなオムライスだぞ」
「てぃひひひ」
「こすっからい笑い方やめろ」
「いただきます」
「はい」
「あむ」パク
「うまいか?」
「225点」
「何点満点だよ」
「はちゃめちゃ美味しいでぴょん」
「日本語の使い方がへたくそ」
スプーンがとまんないね」モグモグ
「なによりだ」
「ごちそうサマンサ」ケプ
「おそまつタバサ」

第二回 どんとこい肝臓疾患

酒精に誘われてか、第一回の記事を読んでいただいたところもあって続きを書こうと思う。肝機能はまだまだ正常値……であることを祈りたい。

普段飲んでいるお酒を挙げることにする。第一回で好きなビールを挙げてしまったがために読者の中には──といっても賢君揃いであるとは思っているが──、高価なビールばかり日常的に流し込んでいる不貞な輩だ、けしからん。と俺を口汚く罵っているひともいるかもしれない。それは違うと断っておく。いつもは一般小市民らしく俺は発泡酒、ならびにいわゆる第三のビールと呼ばれるものを飲んでいる。
まあやはり、段階を経るごとに味は落ちる。値段分かどうかは定かではないにしろ、埋められない差があって、少ない予算でビールの味に似せようとしても無理はある。

販売会社による味の傾向もたしかにあって、アサヒやキリン、サッポロそのすべてに会社ごとに共通した風味を感じることができる。自分の好みとしてはサッポロの系列の味が好きで、二番手はアサヒになる。単にキリンを始めとした、他の会社のビールを飲み慣れていないせいもあるだろう。
安価で買えるものの中で味の良いものでいうと、サッポロのLAGER’S HIGHがある。飲みごたえがあって、味も濃い。アルコール分も7%とやや高めで、一日の終わりに飲むと、たまらなく満たされる感覚に陥る。
アサヒの中で、というのならクリアアサヒを挙げる。上に挙げたものと比べるとやや味は落ちるが、それを逆手に取れば、飲みやすさではこちらの方が上か、といったところ。
今更ながら商品名を書いてしまって大丈夫なんだろうかとも思うが、そのときはそのときである。うまい酒はいつのんでもうまい。これが世の理である。やや短いがここらで止めておく。

鍵盤をたたく

「なんかお前のピアノは聴いてて落ち着くわ」
直樹が珍しく真面目な顔をしてそんなことを言うので、佳奈は鍵盤を弾く手を止めて、彼の方を向いた。
「どうしたの、急に」
「いや、別に。ていうか続けてよ」
「なにそれ」
照れくさそうに少しだけ笑ったあと、ちょっとだけ澄ました顔で佳奈は再び鍵盤に向き合ってさっき手を止めた辺りから弾き始めた。音色は柔軟性を帯びながら彼女の傍から紡がれてゆく。音と音との境界が曖昧になりつつある。普段より少しだけ左手の進行に注意を払いながら、佳奈は楽譜の先を追う。
今まさに演奏されている楽曲は、佳奈自身によって作曲されたものである。音楽の経験がない直樹の耳にも音律は印象的に響いた。彼女は演奏に加えて、作曲の才も持ち合わせている。
和音のフレーズが幾層にも重なって音楽室の内側を飛び交う。高音の主旋律が実を結んでゆくその周りを、低音が取り囲む。
重音はその重々しさがメロディの枷になるということもなく、恒常的なリズムメイキングを続けている。そうした音の粒の軌跡は、あたかも旋律が鳴り進む道筋、空間に架けられたレールを丁寧に均しているようにも聴こえる。
音楽は佳境に差し掛かる。統一的なコードの進行はそのままに、手数が増え、音域が広がる。
そして旋律は、螺旋階段を駆け下りるように高音から降りてゆく。佳奈の右手が、すべての指がせわしなく動きながら左へとスライドしてゆき、鍵盤の中央あたりで左手に動きが引き継がれる。色とりどりの三連符が延々と響く。くるくると円を描きながら音がぱらぱらと落ちてゆく。そうして、一番低い位置で、音が止まる。

暫しの静謐が訪れる。
直樹は佳奈の演奏に表情を変えることすら忘れてしまい、佳奈を見つめたままでいる。佳奈はそんな直樹の顔を一瞥して、微かに微笑んだ。たった一人の観客のために紡がれた楽曲は、その余韻までもが音楽であるといわんばかりに、鳴り終えたいまでも二人の間に響き続ける。

「変な顔してる」
佳奈はピアノの蓋を閉じて立ち上がった。一拍遅れて直樹も立ち上がる。
「すげえ、すげえよ佳奈」
「これくらい誰でもできると思うけど」
「そんなことないって。ね、もう一曲弾いてくんない?」
「もうだめ。一応今は掃除の時間なんだから」
「お前の分まで俺やるから、頼むよ。あと一曲だけ」
「だめ。また今度ね」
佳奈がホワイトボードの落書きを消し始める。
「言ったぞ、絶対だからな」
「はいはい」
昼下がり、ありふれた日常の一場面。佳奈はそういったものの中に作曲のイメージを得る。馳せる想いが中空を包み、包まれた空間が淡く色付く。届けたい相手に届く音楽の瑞々しさは、深く深く心の奥底に沁みいる。
恋心とは、かくも少女を煌びやかにさせる。

彼女と彼と怪談

「こわいはなししていい?」
「え、突然?」
「これは友達からきいたんだけどね」
「無視?」
「大学生のカップルが二人だけで夜中にお墓に行ったの。肝試ししてたのね」
「うん」
「そしたらどこかから小さい女の子の泣く声が聞こえたの」
「はい」
「それでね、彼女の方は怖くなって帰ろうって言ったんだけど、彼氏の方がね」
「彼氏の方が」
「既に死んじゃってたの」
「ちょっとまって」
「ひゃっ、こわあい」
「怖いけども」
「なに」
「それなんか違うくね?」
「こわくない?」
「てか彼氏いつ死んだの」
「あ、そのことなんだけど、この話には続きがあってね」
「そうなのか」
「実は彼氏はね……死んでなかったの」
「どゆこと」
「ひゃあっ、こわあい」
「びっくりするぐらいなんにもわかんないんだけど」
「すっごいこわいよね」
「結局彼氏は死んでなかったのか」
「うん」
「色々と意味わかんなくない?」
「はい、つぎは君の番だよ」
「無視?」

「はやくはなして」
「そんな急に言われても、無いな」
「棄却」
「なにをだよ」
「つべこべ言わないの」
「えー、じゃあ軽いやつだけどいいか」
「かもんかもん」
「風呂入ってるときとかって、たまに居やしない誰かの視線を感じたりするだろ」
「うん、あるある」
「もともと水回りってのは霊とかを呼びやすいらしいんだけどな。あの視線って気のせいじゃないらしいんだよ」
「そうなの?」
「うん。その手のサイトとか掲示板を見てれば結構聞く話なんだけどさ」
「ふんふん」
「なんか視線感じるなって思って振り返るんだけど、タイミングが悪かったらそこに顔があって、目が合うらしい」
「え」
「いや、まあそれだけなんだけど」
「こわいよ」
「そうか」
「ば、ばか、ほんとにこわい」
「そうかな」
「今日の夜一人でお風呂入れない」
「大丈夫だって」
「むり。絶対なにかいる」
「そんなことないから」
「却下」
「だからなにをだよ」
「怖がらせたばつとして喉仏往復びんたの刑ね」
「拷問じゃねえか」
「ていうかなんでそんなこわいはなしするの」プンスカ
「お前から振った話だったんだけどな」

第一回 どんと来い肝臓疾患

ふと、自分はお酒が好きだと思う。誰かと飲むというのも好きだが、取り分け、一人で飲むのが。
最初はチューハイだった。それから苦いと感じながらもビールに手を出し、慣れた頃にウイスキーにも手を出した。そして日本酒にも手が伸び始めている。
アルバイトの給料日が月の真ん中あたりにあって、それの使い道の一つに、家の近所にある小さな酒屋で酒類を買うというのがある。今月も例に漏れずそこで気を惹かれたものを買い、そこから帰る道すがら、お酒のことを文章にしてみたくなった。自分なりに、文章にすることでその対象と向き合える気がするからだ。向き合えるかどうかはさておいて、そういうわけで今回はお酒について、少しだけ書かせてもらうとする。
とはいえ、自分もそこまで種類多く飲んだりはしないし、舌だって肥えてはいない。一般家庭で生まれ育った男の、実に凡庸な中身になってしまうこと請け合いではあるが、それでも構わないと朗らかに笑ってくれる読者を想像しながら書く。

好きなお酒はビールである。
ビールにも色々ある。基本的にどんなものでも飲めるが、特にどれがと尋ねられると、サッポロ黒ラベルだと答えざるを得ない。確実にうまい。きんきんに冷えたそれを舌に一滴垂らすだけでもうまいとわかる。うまいビールのうまさの ゆえん はそりゃビールによって様々だが、共通しているのは一口目の風味である。煽ったときの喉越しと、同時に鼻に抜ける風味。ビールに求められる条件はおおよそこの二つではないかと思う。
一番を褒めちぎる前に、二番目に好きなビールを挙げる。プレミアムモルツである。一番に僅差で敗れた。だがこいつもうまい。
値段が高いだけあって、さすがの完成度である。プレモルの何が一番すごいって、過剰なまでに整えられたその味である。芳醇というか、飲んだ後もしばらく口の中から風味が離れない。味の濃さも塩梅がよく(これがまた気色悪いほど丁度良い)、この味になれてしまうと発泡酒なんて飲めないと思うほど。
そいつを抑えて黒ラベルは王座を勝ち取ったのだが、敢えてその勝因を述べるなら、もう好みだからとしか言いようがない。自分が一番美味しいと思える味だから、うまい。苦味がもうたまらなくて、喉を越して胃に落ちるまで、すべてがうまい。身体の内側から吸収する感覚が、縮み上がりそうなほど冷えきったそれがゆるゆると体内温度で温くなっていくさまが、摂取とはこういうものだと言わんばかりに生の喜びを告げる。

余談だが、生ビールの缶商品は、缶自体がまず他の発泡酒なりと違う。持ったときの重厚感というか、持つだけでその厚みがわかるところあるし、何より温くなりにくい。たまに買うとそんなところまで違うんだと思って驚く。

他にも好きなビールはある。ヱビススーパードライや、本当にたくさん。だが今回は初回なので(おやおや、連載する気かね)ここまでにしよう。

皆さん。飲める人も飲めない人も、よい夜を。

コミュニケーションが難しいという話

 

「コミュニケーション障害(コミュニケーションしょうがい)は人間に身体的・精神的に不利を強いることとなる欠点が存しており、それを原因として社会などといった対人関係を必要とされる場面で十分なコミュニケーションを とることができなくなるという障害。 現代に置いて若者に多く発病している。通称はコミュ障であり現在のところ特効薬はなし。メンタルケアが現在のところ最も有効とされている。致死率0%と死 ぬことはないが、患者に対し人前にのみ言語障害と多動症の症状が見られる。基本的に人と接触することが苦手となるのだが、心の中では寂しい、誰かと繋がっ ていたいと思いインターネットの世界にのめり込むことが多い。

 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%8B%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E9%9A%9C%E5%AE%B3

 

馬鹿だ、と思う。これが俺の答えである。何に対するかは最後に書く。

 

元来コミュニケーションの障害というと、上に挙げたウィキペディアの指す内容で間違いはないのだろうけど、それは違うと俺は信じる。信じるってんだから、それは思う、よりも強い。

何が、どこが違うかって話になるんだけど、そもコミュニケーションの障害とはどういうことを指すのかって話からで、障害の定義として他人を目の前にして、コミュニケーションが十分に正常に取れないって書いてあるように俺は読める。そこにまず引っかかりが、それも大きなそれがあって、十分に、正常に、コミュニケーションが取れないってそれ、障害とまではいかないんじゃないの、ということ。

障害(しょうがい、障礙障碍)とは、以下のような様々な意味、あるいは訳語にあてられる用語である。

・ものごとの達成や進行のさまたげとなること。また、さまたげとなるもののことである。

・なんらかの障碍によって発生するダメージやトラブル、問題が生じたという意味。また、支障をきたしている状態。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9A%9C%E5%AE%B3

またウィキペディアからの引用だけど、障害ってのは、進行の妨げになることだとは書いてある。俺が言いたいのは、そろそろ察せるだろうけど、十分に、正常に取れないなんて、よくある話なんじゃないかってこと。障害という名前を使うほどじゃないって思う。

今更ながら乱筆、乱文ごめんよ。

 

 

まとめよう。きょうび、コミュニケーション障害=会話をはじめとして、コミュニケーションというものを、うまく他人と交わせない、という一般定義が存在する。広く膾炙してるとも思う。障害といういい方にはまだ納得いかないが、それもまあそういうものだと受け止められる。

 

しかし自称としてのコミュニケーション障害となると話が変わる。他人とうまく会話できない、の解釈が歪んでいるようで、自分の土俵で戦えないだけでコミュ障を自称する輩の多いこと。初対面の相手に対して緊張してうまく会話ができないだけでコミュ障を自称する輩の多いこと。ステータスとしてのコミュニケーション障害がここ最近増えているように思う。それは、障害と呼べるものではないと俺は考えるし、そういう意味では、上に挙げた俺のいう、障害という名は重いのではないかと述べた「コミュ障」と合致しないとはいえないかもしれない。ああもう自分が何をいいたいのかもわからない。

要約すると、その「コミュ障」の使い方は違うぞ、特に中高生。

 

俺の思うコミュニケーション障害とは、最低限の意思疎通はできても、少し踏み込んだ会話になると途端に的外れなことを言ってしまう、みたいなことで、なまじ疎通ができるだけに、生々しい。

相手に会話を振られて、そのことについて返答をすると相手はきょとんとした顔をして、自分も相手の反応からきょとんとしてしまう。そうして決定的に会話がかみ合わなくて、緩やかに遠ざけられていく感じ。異言語で会話してるみたいで、言語圏が同じなだけにニュアンスはわかるけど、文法構成が全く違うために話がこじれてしまう、みたいな。

そういったものを考えてしまう自分がまさしくそうなのかもしれなくて。

いったい自分とは何者なのだろうか?